カラー無機ELディスプレイの商品化

粟野良一:TDK(株)開発研究所

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カラー無機ELディスプレイモジュール

◆市場の動きとFPD技術の流れ
 2003年のフラットパネルデイスプレイ業界は、テレビ市場のブレーク、韓国、台湾メーカーによる相次ぐ大型投資の実施、量産開始によって、その市場、プレヤー、アプリケーションが大きく様変わりするほどの勢いで進む。さらには性能の向上、コストダウン、大型設備による量産化効果によってフラットパネルデイスプレイは、ますますわれわれの生活の身近なものとなるだろう。PC主体のアプリケーションが、小型はモバイルマルチメディアから大型はテレビにまで急激に広がってくるのである。  
 この主役はもちろんLCDであり、LCDがいよいよ業界全体を席捲しそうである。そんな中、20年前には開発の主役だったのにカラー化の壁の前にブレークできず、今は小さな市場の特別なアプリケーションにだけ特化して「独自の技術」として依然生き残っている技術もある。それがここに紹介する「無機EL」である。
 ただ、ここ数年の間の研究開発成果により、カラー化の壁が一気に低くなってきた。「厚膜型無機EL」と呼ぶが、高耐圧の構造と、青色を含む蛍光体材料が揃ってきたことで、まったく新しい形での新製品の可能性を念頭におき低コスト化を図っている。さらには構造が簡単で製造が容易という特徴から大面積、高性能、低コストの可能性が十分見えてきた。
 TDKは2000年2月に、この新しい技術(「厚膜型無機EL」)を開発したアイファイアーテクノロジー社(iFireTechnologyInc./トロント、カナダ/社長:バリー・ヘック氏)と技術提携をベースに、現在12インチ以下の画面サイズでの製品化開発を進めている。今回はその商品化戦略についてお話しする。
 ELというと今は「有機EL」がなんといっても製品開発の主流である。世界中で80社とも100社とも言われる数の会社が開発に参画している。小型高精細フルカラーの有機ELパネルも市場投入が間近だと聞く。
 一方「無機EL」と聞いて分かる人はほとんどいないと思う。その説明をしておきたい。どちらも自発光素子だが、有機ELと無機ELの違いは、その蛍光体材料にある。有機ELがアミン系化合物などの有機系蛍光体材料を用いるのに対し、無機ELは金属系無機化合物を蛍光体に使っている。有機ELが使いこなしやすい材料で広く使われる可能性があるのに対し、無機ELの材料は組織的にも有機系より安定しており、外部環境による劣化に強いことは言うまでもなくインダストリー向けである。目標とする市場はおのずと違ったアプリケーションになることはおわかりになると思う。



◆厚膜型無機ELと発光メカニズム
 この新しい技術、「厚膜型無機EL」のパネル構造を示す(図1、2)。アルミナ製の基板を背面(図では底面)とし、その上に横方向の位置を決定する下部電極が載る。その上に厚さ20ミクロンの厚膜誘電体、さらに平坦化層が載り、RGB3色の蛍光体が積層される。その上部には薄膜による誘電体、縦方向の位置を決める上部透明電極が載る。カラーフィルターを挟んでガラス板で封止してできる構造である。縦方向に並んだ上部電極と横方向の下部電極が誘電体と蛍光体を挟みこみ、ここに電圧をかけると誘電体部分が抵抗の働きをし、これによって電子が動きだして蛍光体にぶつかることで光を出させる原理である。かける電圧は200Vに近く、PDPの駆動と同様なものを想像していただきたい。
・高耐圧構造
 では従来型の無機ELと新しい厚膜型無機ELは何が違うのか? 従来の薄膜積層構造をとる無機ELでは、上下の誘電体は薄膜で作られており、
 膜厚が1000A(0.1ミクロン)程度しかない。そのため製造上の難しさばかりでなく機械的、電圧的強度が十分取りにくい問題があった。この誘電体に注目し、下部の誘電体に「セラミックペーストを塗布焼成することで50マイナス100倍の厚さで得られる厚膜誘電体に替えた」技術で高耐圧化を図ったブレークスルーこそ、iFireTechnologyInc.社が開発した技術である。
 これによって機械的強度、高電圧破壊に対する強度を飛躍的に高める結果となった。さらには「輝度マイナス電圧特性」の改善についても付け加えたい。厚膜誘電体では内部に流れる電子量が多く、これにより蛍光体へぶつかる頻度も高くなるため、蛍光体輝度を薄膜積層構造より飛躍的に高くすることができるのである。
・青色蛍光体の出現
 もうひとつのブレークスルー、それは蛍光体である。従来の薄膜積層構造をとる無機ELでは、1980年代にすでに最初の製品が出されたにもかかわらず、特に青色蛍光体が発見されないために、ZnS:Mnを蛍光体に使う「モノクロ(アンバー)」を中心にした限られた市場での用途にとどまった経緯がある。
 TDKはこの蛍光体材料開発に集中して取り組み2001年10月のCEATECでバリウム、アルミ系化合物の青色蛍光体を発表、輝度では100cd/u、青色純度はフィルターなしで将来フルカラー化が可能な特性“CIE:0.119,0.127”を出した。素子での輝度の半減寿命についても、テレビなどの応用に必要とされる3万時間を確認している。これによってカラー化の開発が一気に加速したのは言うまでもない。
 さて、パネルを駆動させる回路技術についてここで述べたい。全体のモジュールの設計を行う上で回路は体積的にもコスト的にも大きな比重を持つ。かける電圧が200Vにもなる高電圧交流駆動を行って動かすパッシブ型モジュールであることから、電源部、駆動部、コントロール部には耐圧の高い部品を使わざる得ない。PDPに対して補正回路、メモリー回路を持たない分、単純化できるがトータルなコストを考えて設計する必要もあり、すでに積み上げられたPDP回路技術を応用しながら製品化できることを念頭においている。
 以上、高耐圧構造を用いながら青色蛍光体をはじめとする赤色、緑色を組み合わせて出来あがった小型カラーモジュールでは、CRT同等のカラー表示性能を持つことを証明している。(CEATEC2002での発表内容。写真)ここでは業界最高レベル*輝度(白色)200cd/uを超える小型カラーディスプレイを発表した。

図1
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  図2
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薄膜型ELと厚膜型ELとの比較
厚膜型無機ELのパネル構造

◆アプリケーション
 さて、従来型の無機ELと新しい厚膜型の両方に共通な「無機ELパネル技術」の強みは完全固体デバイスにある。LCDにおける液晶、PDPにおける封入ガス、CRTやFEDにおける真空などの非固体材料が無機ELでは不用であるため、頑丈で信頼性が高い。さらに構造がシンプル、自発光型のディスプレイとして高速応答特性、広い視野角、極端な温度条件下で動作も可能、など優れた特徴を持つ。
 冒頭にも申し上げたとおりTDKは12インチ以下の画面サイズでの製品化開発を進めている。中小型市場は特に他のデイスプレイ技術との競争は激しく、新規技術での導入は厳しいに違いない。いかに魅力ある特徴を出せるかこそが重要と考え開発を行っている。
 無機ELパネル本来の極端な温度条件下での動作性能、視認性の良さ、信頼性の高さなどをこの分野では生かしたい。無機ELパネルはインダストリー向け商品である。車載、産業機器、医療機器などの特に寿命、信頼性を要求されるアプリケーションを第一ターゲットにして進めている。
 商品化のシナリオは顧客からの要求仕様の確認から始まる。すでに実用化されている、たとえばLCD技術でも現在めまぐるしく技術革新が行われている。そのため無機ELに対する要求仕様は刻々と変化し、品質はさらに向上を求められ、コストは一層の低減を求められる。品質の確保、コストの顧客要求へのミートこそが当面の商品化シナリオの中で特に重要である。
 幸い、構造が単純であること、大掛かりな設備を必要としないことなど、厚膜型無機ELの製造上の特徴は大きな潜在的可能性を予期させている。まずは回路のコスト的負担を軽くした(27色)マルチカラーなどから参入するつもりである。



◆まとめ
 現在のところはまだ、技術開発を重点に進めているが、顧客に受け入れられる商品仕様とコストをうまくバランスさせ、早々に市場で評価を受けて今後の飛躍の基礎作りを行いたい。われわれは多くの業界の方々に、この技術の大きな可能性を少しでもご理解いただけるように努めていくつもりである。






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