モバイル機器向け指紋認証デバイスの開発

竹田恒治:カシオ計算機(株)羽村技術センター要素技術統轄部
物部泰明:アルプス電気(株)事業開発企画部開発企画グループ

写真1
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モバイル機器向け指紋認証デバイス

はじめに
 近年、とくにモバイル機器の技術革新と実製品への技術導入が加速し、「いつでも」、「どこでも」、「だれでも」を実現するユビキタスネットワークが着々と浸透している。
 一方で、このユビキタスネットワークで、人々が「安心して」サービスを活用するためには、個人を認証する「セキュリティ」機能が必要になってくる。このセキュリティに利用されるバイオメトリクス(生体的特徴)を用いた個人認証のなかで、代表的なものが指紋認証であり、指紋を読み取るのが指紋スキャナーである。
 これまで、指紋スキャナーは、入退出管理などの大型機器での利用が中心であった。
 しかし、ユビキタスネットワーク社会においては、一般の人々が手軽に利用できることも求められる。セキュリティの堅牢さと同時に、手軽さ・使いやすさという、いわば相反する性能が要求されている。
 今回紹介する、中空ローラー型指紋認証デバイスは、これらを踏まえ、一般の人々が使う携帯電話などのモバイル機器に搭載することを狙い、小型化や、セキュリティの堅牢さとともに、手軽に扱えることを同時に実現した指紋認証センサーである。
 開発はカシオ計算機、量産はアルプス電気が担当する。



◆歪みの少ない指紋画像を読み込めるライン型スキャナー
 指紋スキャナーは、エリア式とスイープ式の2種類に大別することができる。前者は1cm角〜2cm角程度のセンサー面に拇印のように指を乗せることでスキャンし、後者は1cm〜2cm程度のライン上のセンサーを指でなぞることでスキャンする。
 一般にエリア式は歪みの少ない画像を得ることができるが、実装面積が大きいので、モバイル機器向けには機器を小型化し難いというデメリットがあり、スイープ式は実装面積を小さくできる代わりに読み込み画像がエリア式よりも歪んでしまい、性能的には不利と言われている。
 スイープ式で画像が歪んでしまう原因はいくつかあるが、一つにはセンサーの上を皮膚が引きずられるので指紋も変形したまま読み取られてしまうということがあげられる。
 今回開発したロールヘッドスキャナーは、ローラーを指で転がすことで指紋を読み取るので、読み込み画像の歪みが少ないというエリア式の長所と実装面積が小さいというスイープ式の長所を併せ持った指紋スキャナーである。



◆小型化を可能にした実装技術
 図1はロールヘッドスキャナーの断面構造である。
 ローラーの長さは約20mm、内径は5mmで、この容積の中に光学式ラインスキャナーの構成部品すべてが組み込まれている。
 ローラー表面に押し当てられた指紋はレンズを通してラインセンサー上に焦点を結び、電気信号に変換され、フレキ基板を通って外部に出力されるようになっている。
 レンズはマイクロレンズを横に多数並べた形状で、特に焦点距離の短いものを用いているが、それでも撮像面からセンサーまでの距離は4.9mmあり、センサー面から後ろ側の余裕はローラーの内面まで0.6mmしかない。
 このため、センサーICはフィルム上に実装され、図のようにレンズから見てフィルムの後ろ側にセンサーICが位置している。
 センサーICは受光素子が600dpiのピッチで1列に並んだラインセンサーを採用しているが、幅が0.5mm程度の細長い形状で、その両サイドにフォトセンサーとボンディングパッドが並んでいる。
 図2はセンサーICをフィルムに実装した状態の模式図である。
 通常のICのフィルム実装と同様にICのボンディングパッドにバンプを立て、フィルム側にACF(異方性導電フィルム)を張り付けてICチップを熱圧着している。
 ACFはバンプとフィルム上の電極との導電を確保するとともにチップを固定する接着剤の機能も持ち、同時にチップとフィルムの平行度を保つためのクッションの機能も兼ねている。
 センサーICの受光窓とボンディングパッドは同じ面にあるため、レンズからの光が通るようにセンサーはフィルムの端っこに半分はみだして乗っかっていて、受光窓がフィルムの端からのぞいているような格好である。したがって、図2は受光窓が下を向いた状態になっている。
 撮像を可能にするためには撮像対象を照明する必要がある。ロールヘッドスキャナーでは、図1のようにレンズアレイの横に細長い角柱状の導光プリズムを配置し、導光プリズムの端部からLEDの光を導き、撮像部に対しライン状に投光するようになっている。
 ラインセンサーが指紋の撮像と同時にローラーの回転を検出スイープ式スキャナーでは一定間隔でイメージをスキャンして2次元画像を再構成する必要があるので、撮像対象の移動量、すなわちスキャン速度を検出する必要がある。
 ロールヘッドスキャナーではローラーの端に目盛りのようなパターンが入っていて、ラインセンサーは指紋画像とともにこのパターンを高速度で読み取っており、このパターンの変化からローラーの回転を正確に検出する。この情報を元にリアルタイムで画像処理することで正確な2次元画像を読み取るようになっている。
 ローラーは回転検出用のパターンのほかに指紋画像のコントラストを強くする処理や外乱光下での画像読み取りを可能にする工夫がされているが、基本的には透明なローラーに接触している部分を光学的に読み取るイメージスキャナーなので、指紋だけでなく紙の上に印刷された文字なども白黒画像として読み取ることができる。

図1
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  図2
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ロールヘッドスキャナー断面構造図
センサーICのフイルム実装


◆製品化にあたって
 今回の指紋認証デバイスはカシオ計算機とアルプス電気が共同で製品化を進める。基本的な製品コンセプトと動作原理、指紋認証ソフトウエアはカシオ計算機が担当する。製品化にともなう量産設計と製造はアルプス電気が担当する。量産にあたっては、アルプス電気がこれまでに培ってきた固有の精密設計技術、精密加工・製造技術、光学設計技術を駆使する。とくに今回のデバイスは携帯機器に搭載される高性能の小型モジュールということから、その構成部品一つひとつに求められる精度もナノメートル単位に及ぶ。アルプス電気では、いわば「分子を切る」精度でのナノマシニングの金型加工によりそれを実現する。
 また、回転するという機構上の特徴を生かし、かつ、小型化が必要なことから組み立てにおいても精密技術が要求される。

写真2
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指紋認証デバイスの実装例


◆おわりに
 ユビキタスネットワーク社会で「便利に」しかも「安心して」多くの人々がモバイル機器を利用するシーンは、もうわれわれの身近なところにきている。
 今回の技術がその普及に役立ち、より多くの人々が「便利」と「安心」を手軽に利用できることを願い量産化を進めている。






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