MnZn(マンガン・亜鉛)系フェライト材の技術動向

<安原克志:TDK(株)磁性製品ビジネスグループ>


◆はじめに
 電子機器の小型、軽量化、高効率化の動きが加速している。一方で、電子化の飛躍的な発展に伴い、電子部品に対する要求特性はますます多様化してきている。MnZn系フェライトは、他のフェライトに比べて磁気異方性が小さく自発磁化が大きい。そのため高透磁率、低損失で飽和磁束密度が高いという特徴があり、エレクトロニクス産業に不可欠な材料である。TDKでは各種の用途に適したMnZn系フェライト材料を開発してラインアップしている。  本稿では通信分野で用いられる伝送トランスと、電源トランスに使用されるMnZn系フェライトについて高性能化と最近の技術動向を紹介する。

◆ADSLモデム用広帯域 伝送トランス材料 
 インターネットはブロードバンド時代に入り高速、大容量化が急速に進んでいる。インターネット・ブロードバンドの高速アクセス回線として最も普及しているのがxDSL(xDigitalSubscriberLine)である。  xDSLにはいくつかの方式があるが、現在は従来の電話回線を利用して音声とデジタル信号を同時に伝送できるADSLが主流となっている。ADSLはこれまで約30kヘルツ〜1.1Mヘルツの周波数帯域を用いて10Mbps程度の通信速度を得ていたが、最近では、2.2Mヘルツ以上の周波数帯域を使用して24Mbpsまで高速化が進んでいる。
 ADSLモデム用伝送トランスに要求される特性は情報信号を忠実に伝送するためにTHD(TotalHarmonicDistortion:総高調波歪み)が小さいこと、インピーダンスの整合を図るため巻線抵抗がライン・インピーダンスの半分以下であること、実装密度を上げるため形状が小型、薄型であることなどがあげられる。高調波歪みの総和と基本波の比であるTHDは次式のように表すことができる。  THD〔dB〕=20Log〔(高調波プラスノイズ)/(基本波プラス高調波プラスノイズ)〕  磁心材料の磁化曲線が直線性に優れていればTHDは抑制される1 ) 。
 ADSLモデム用伝送トランスは一般的な伝送トランスとは異なり、数10mT程度の比較的高い磁束密度で使用される。フェライトは初磁化を超える磁界に対してヒステリシスな応答をとることから、挿入波形に対して伝搬波形が歪みTHDが発生する。そのためADSLモデム用伝送トランスに適した磁性材料は、初透磁率が高いだけでなくヒステリシス損失が小さいことが求められる。  図1に新開発の低THDフェライト材料DN70と、従来の高透磁率フェライト材料のBマイナスHループを示す。DN70材ではヒステリシス損失が大幅に改善されている。  図2にDN70材と従来材DN40を用いたトランス(形状:EP7マイナスA100)のTHDの温度特性を示す。  DN70材では同等のトランス仕様においてTHDがDN40材よりも約5dB低減している。  DN70材を使用した場合には巻線数を約25%低減し、さらにコア体積を40%削減することが可能である。
図1
クリックしてください。
  図2
クリックしてください。
新開発の低THDフェライト材DN70・・・
DN70材と従来材DN40を用いた・・・

◆LANシステム用パルス トランス材料
 コンピューターやプリンターなどを相互に接続するLANシステムの規格は伝送速度100MbpsのFastEthernet(100BaseマイナスTX)が主流となっており、1000Base、10ギガビットEthernetも標準化に向けて動き出している。 高速LANシステムに使用されるパルストランスには0.1〜100Mヘルツの周波数帯域において挿入損失を抑制することが求められる。低周波領域ではコイルの高インダクタンス化、中高周波領域では巻線数の減少によるコイル抵抗の低減と、巻線構造によるリーケージインダクタンスの低減が主な課題となる。通信端末の小型、薄型化により100BaseマイナスTX用
パルストランスは外径が4mm以下、厚さが約3mm以下の小型トロイダル形状が用いられる。 動作環境は、一般の屋内環境(0〜70度C)だけでなく、産業用の設備制御や生産管理など多様化してきており、マイナス40〜85度Cの温度範囲で特性を要求される場合もある。
 さらに、100BaseマイナスTX用パルストランスでは8mAのDCバイアス負荷時におけるANSI規格(X3.263)があるため、初透磁率レベルのインダクタンスだけでなく、優れた直流重畳特性が重要となる。 TDKでは、直流重畳特性に優れたLAN用パルストランス専用材料DN45とDNW45を相次いで開発、製品化した。 図3に、8mAのDCバイアス負荷時(Hdc=32.1A/m)のインダクタンスの温度特性を示す。従来材のHP5と比較して、とくにDNW45材は広い温度範囲でインダクタンスの向上が著しい。
DNW45材は厳しい動作環境における伝送特性の向上はもちろん、パルストランスの巻線数低減、小型化に寄与する。
図3
クリックしてください。
8mAのDCバイアス負荷時(Hdc=32.1A/m)の・・・

◆スイッチング電源用 トランス材料
 TDKでは各種のスイッチング電源用フェライト材料をラインアップして多様化する用途に対応している(表1)。PC44、45、46、47材は数100kヘルツ以下のコアロスが低く、おもにメイントランスに使用される。 一方、PC33材は高温で飽和磁束密度が高くチョークコイルに適している。一般にMnZn系フェライトのコアロスは谷型の温度特性を示す。実用上はコアロスが負の温度係数を示す極小温度付近でトランスを動作させることにより、トランスの温度上昇と熱暴走を防止する2 )。これまではコアロスの極小温度が異なるフェライト材料をシリーズ化してさまざまな動作環境温度の用途に対応してきたが、新開発のPC95材は25〜120度Cの広い温度範囲でコアロスの低減に成功した、従来にない広温度域低損失フェライト材料である。
 図4に100kヘルツ、200mTにおけるコアロスの温度特性を示す。従来材と比較してPC95材はコアロスの温度依存性が格段に小さい。 コアロスや初透磁率のような磁気特性の多くは構造敏感性を有しており、微細構造を制御するためのプロセス技術が極めて重要となる。ナノオーダーの結晶粒界を制御した例を図5に示す3 )。試料Aのように結晶粒界に厚みが2〜3nmの均一なアモルファス相を形成させることによりコアロスの低減が実現している。
 PC95材はさまざまなアプリケーションでの使用が期待されている。 例えば、HEVやFCEVなどの電気自動車用DC/DCコンバーターのように動作温度が大きく変化する用途では、小型化,軽量化や高効率化に伴う燃費の向上に貢献できる。PC95材を用いるとトランスの総損失が従来材の30〜40%も低減できるという計算結果も得られている。 また、大画面液晶テレビに複数個使用されるバックライト用インバータートランスは装置内の位置により動作温度が異なるため、PC95材を用いることにより装置全体の発熱や消費電力を効果的に低減できる。
  表1
クリックしてください。
  図4
クリックしてください。
  図5
クリックしてください。
各種スイッチング電源用・・・
100KHz、200mT・・・
ナノオーダーの結晶粒界・・・

◆おわりに
 MnZnフェライトは優れた磁性材料であるが、電子機器の発展ともにさらなる進化が求められている。TDKでは今後も独自の技術開発により、多種多様な電子機器の小型化、高効率化、高信頼性化に新たなソリューションを提供していく。





最新トレンド情報一覧トップページ