産総研特別寄稿(第4回)

CIGS太陽電池の研究開発
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 CIGS系太陽電池は、研究室レベルで既に変換効率20.0%を実現しており、非シリコン系の薄膜太陽電池として実用化への期待が高まっている。2007年から日独3社が量産化を開始し、それ以外にも多くの企業が事業化を目指して研究開発を進めている。CIGS太陽電池では、小面積セルで変換効率20.0%が実現されているにもかかわらず、商品化されたモジュールでは変換効率は10マイナス12%程度にとどまっており、小面積セルのポテンシャルを十分に生かした高効率モジュールの実現が待望されている。

CIGS太陽電池とは?

 CIGSは正確には、Cu(In 1マイナスxGax)Se 2(0≦x≦1)と表され、I族元素の銅(Cu)、V族元素のインジウム(In)、ガリウム(Ga)、Y族元素のセレン(Se)からなるIマイナスVマイナスY 2系化合物半導体の1つである。光吸収層にCIGSを用いる太陽電池をCIGS太陽電池と称する(Y族のSeを一部硫黄(S)に置き換える場合も含む)。
  典型的なCIGS太陽電池の構造を図1に示す。青板ガラス(ソーダ石灰ガラス)基板上に、スパッタ法によりモリブデン(Mo)裏面電極を堆積し、その上にCIGS光吸収層を製膜する。次に化学析出法(CBD:chemical bath deposition)でバッファ層を形成し、その上にZnO(酸化亜鉛)窓層を作製する。多種類の材料と様々な製膜法を用いて太陽電池が作製されている。高効率な太陽電池を作るためには、これらのすべての薄膜が高品質でなくてはならない。

 CIGSは光吸収係数が可視光領域でα〜10 5cm-1と大きいために、厚さ2μm程度の薄膜でも十分に太陽光を吸収することが可能である。光吸収係数が大きいという特徴は具体的にどのような利点があるかというと、例えば家庭用1軒分、3kWのCIGS太陽電池を作製する場合、変換効率15%を仮定すると必要となる原料(Cu、In、Ga、Seの合計)は約226g程度になる(写真1参照)。一方、変換効率を同じと仮定し、結晶シリコン太陽電池の場合と比較すると、結晶シリコンでは15kg以上の材料が必要となる。CIGS太陽電池が省資源型の太陽電池であることがよくわかる。CIGS太陽電池は、耐放射線性に優れるという特徴も有しており、人工衛星などの宇宙分野への応用も期待されている。


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CIGS光吸収層の製膜法
 CIGS光吸収層の製膜には多元蒸着法、セレン化法、電着法、スプレー法など、いろいろな手法が試されてきた。現時点で高い変換効率を実現している製膜法は、セレン化法と多元蒸着法の2つである。いずれの手法においても500マイナス550℃という高温での製膜が必要になる。図2に示すように、セレン化法は、まずCuマイナスInマイナスGaからなる金属プリカーサをスパッタ法で堆積し、それを希釈したセレン化水素(H2Se)雰囲気中で熱処理することでCIGS薄膜を形成する方法である。大面積製膜技術として工業的に確立されているスパッタ法を使えるという利点を有するが、熱処理時間が長いという欠点を有する。
  一方、多元蒸着法は、Cu、In、Ga、Seなどの各元素を蒸着する方法で高い変換効率を実現できるのが特徴である。小面積セルで18%以上の高効率が実現できているのは蒸着法だけである。通常は基板を固定し、蒸着源の前に据えられたシャッタの開閉によって蒸着元素を選択して製膜を行う(図2参照)。大面積モジュールの量産には、線状の蒸着源を並べ、基板を移動しながら製膜を行うインライン蒸着法が用いられている。高速製膜が可能という特徴を有するが、膜厚や組成の均一性を確保する技術が重要となる。

  量産を開始した企業のうち、昭和シェル石油、ホンダソルテックはセレン化法をベースにした製膜法で、一方Wuerth Solar、Solibloは蒸着法を用いてCIGS光吸収層の形成を行っている。

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産業技術総合研究所太陽光発電研究センターのミッションと成果

 CIGS太陽電池は、研究室レベルの小面積セルでは変換効率20%という高い効率が達成されているが、量産されている集積型モジュールの効率は10マイナス12%程度にとどまっている(図3参照)。産業技術総合研究所太陽光発電研究センターでは、2001年以来小面積セルの高効率化に取り組んできたが、迅速な技術移転を目指して、市販されているモジュールと同じ構造を持つ10cm角程度のサブモジュールの開発にも着手した。すなわち、当センターでは、現在小面積セルと集積型モジュールの高効率化技術の研究開発に取り組んでいる。また、様々な形状に対応可能で、かつモジュールの軽量化も可能なフレキシブル太陽電池の高効率化にも取り組んでいる。

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小面積セルの高効率化技術
 CIGS薄膜太陽電池は、理論上はバンドギャップ1.4eV付近で変換効率が最大になるが,従来のセルでは1.15eV付近で変換効率がピークに達し、それ以上バンドギャップを広くするとかえって変換効率が低下してしまうという問題があった(図4参照)。CIGS光吸収層やバッファ層との界面における欠陥の増加などによって開放電圧が理論通りに増加しなくなるためであると考えられる。


 この問題に対応するため、当チームでは、多元蒸着法のプロセスにおいて製膜室に水蒸気を導入する手法を開発した。この手法では,水に由来するOまたはOHなどが薄膜中に取り込まれることで、Se空孔などのドナー性欠陥が減少し,有効正孔キャリア密度の増加、p型伝導性の向上といった効果が得られると考えられている。この手法により、バンドギャップが理論上の最適値に近い1.3eVで変換効率18%以上の太陽電池が実現されるなど、高効率化に向けた取り組みが実を結び始めている。


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集積型サブモジュールの高効率化技術
 研究室レベルの小面積セルでは変換効率20%という高いポテンシャルが示されているが、量産されている集積型モジュールの効率は10マイナス12%程度にとどまっている。図5に集積型モジュールの断面図を示す。この図からわかるように、小面積セルと集積型モジュールの工程で使われている材料は変わらない。大きく異なるのは、集積型モジュールでは3回のパターニング工程(P1、P2、P3)が入ることである。P1にはパルスレーザーが、P2、P3にはダイヤモンドや超硬金属の針などが使われる。集積型モジュールでは、このパターニングによって各セルの直列接続が可能になり、したがって結晶シリコン太陽電池におけるアセンブル工程が不要となり、低コスト化が可能になる。しかしながら、集積化の際にはスクライブによって太陽電池層の一部が削り取られるので、その分不活性領域(デッドエリア)の面積が増加し、変換効率が低下する。

  また、集積型モジュールでは最大3〜5mmの幅にわたって透明導電膜中を電流が流れるため、小面積セルに比べて透明導電膜にある程度厚みを持たせて電気抵抗を下げる必要がある。膜を厚くすると、透明導電膜を通過する光の一部が膜に吸収され、やはり変換効率は低下する。しかしながら、これらの要因による変換効率の低下は絶対値で2%程度と見積もることができる。当センターでは、量産されているモジュールと同工程を用いたサブモジュール(面積約75cm2 )の作製を行っている(写真2)。10cm角ガラス基板上に高品質なCIGS光吸収層を均一に作製する技術を開発することで変換効率16.2%を実現するなど、小面積セルの高い性能を反映した高効率なモジュールを実現した。今後製膜技術やプロセスを向上することで、さらなる高効率化が期待できる。この成果は、CIGS太陽電池がコストだけでなく、性能でも既存のシリコン太陽電池と競合可能であることを示す重要な成果である。

  さらに量産実用化に向けた製造技術として、基板を固定せずに多元蒸着を行うインライン製膜装置の開発も行っている。インライン成膜装置では、ロードロック室で基板が予備加熱された後、プロセスチャンバ内に置かれた各種坩堝の上を移動していく仕組みとなっており、基板が移動する過程で何段階かに分かれて製膜が行われる。同装置を用いたCIGS集積型サブモジュールにおいても15.8%という高い変換効率を実現しており、インライン蒸着法が量産化技術として有用なことも確認された。

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フレキシブルCIGS太陽電池の開発
 曲面など様々な形状に合わせることができるフレキシブル基板上のCIGS太陽電池の高性能化も今後重要な課題である。フレキシブル基板であれば何でも良いかというとそうではない。青板ガラスの場合と同様、基板材料とCIGSの線熱膨張係数がほぼ同じであるというのが最初の必要条件となる。それ以外にも、基板材料にはCIGSの製膜温度でも安定であること、表面が平坦であるなどの条件も要求される。CIGS太陽電池用の金属性の基板としては、現在、ステンレス、チタンなどが使われている。

  一方、絶縁性基板では、ポリイミドなどの樹脂基板が使われている。金属基板は550℃程度の高温製膜は可能であるが、集積化モジュールを形成するためには金属基板上に絶縁膜を形成する必要がある。ポリイミドは耐熱性の点から450℃以下で製膜する必要があり、従って効率は金属基板上の太陽電池に劣る。

  また、これらのフレキシブル基板はNaを含んでいないために、効率を向上するためにはNaを供給してやる必要がある。最近ではいろいろなNaの供給技術が提案され、ガラス基板上の太陽電池とほぼ同等の高い変換効率が実現可能になったが、Na供給層の安定性や制御性の点で課題がある。当センターではNaの精密な制御と再現性を満たす新しいNaの導入法を開発した。これによって、フレキシブル基板上のCIGS太陽電池で17%を超える高効率化が可能になり、実用化への期待がふくらんだ(写真3参照)。

  実用化のためには、耐熱性、絶縁性、低コストなどの条件をすべて満たすフレキシブル基板の開発やガラス基板上と同様の再現性の高い集積化技術の開発が不可欠である。

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今後の課題
 CIGS太陽電池は、小面積では変換効率20.0%という高い効率が実現されているが、これらの効率は十分といえるのだろうか。2030年に向けた太陽光発電ロードマップにおいては、2030年の太陽光発電累積導入量目標が102GW(全電力の約10%)、発電コスト目標は7円/kWh(現在の約1/7)と設定されている。この中でCIGS太陽電池の効率目標は小面積セルで25%、モジュールで22%と、シリコンやGaAs太陽電池など単結晶の太陽電池と同等の性能が求められている。

  CIGS太陽電池の2030年目標は現在の技術の延長線上にはない。小面積セルと集積型モジュールのいずれにおいても革新的な高効率化技術の開発が不可欠となる。また、単結晶と同等の性能を実現するためには、結晶の粒界、界面・表面など、これまではあまり問題とされていなかった課題にも目をむける必要がある。そのためには、新しい物性・材料の評価や制御技術の開発も忘れることはできない。CIGS太陽電池は低コスト・高性能を両立することができる潜在能力の高い太陽電池であり、今後の進展が期待される。

<仁木 栄:(独)産業技術総合研究所 太陽光発電研究センター>