NEDO特別寄稿(第19回)

「三次元光デバイス高効率製造技術」と「次世代光波制御材料・素子化技術」への取り組み
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はじめに

 わが国の材料産業は、国際的に高い技術力と競争力を有し、経済社会の発展を支える基盤となっている。材料の中でもガラスは、現在においても住宅・建築や情報通信の製品の多くにかかわる重要な材料である。機能性ガラスは、わが国企業が高い技術力に支えられた優位性を背景に高いシェアを保持している。機能性ガラスには、液晶ディスプレイ(Liquid Crystal Display、LCD)やプラズマディスプレイ(Plasma Display Panel、PDP)用の基板ガラス、パソコンなどのハードディスクドライブ用ガラス基板、光学機器用のレンズなどがあり、それぞれの分野に関する企業がその技術力を生かして、顧客から求められる素材の開発・生産を行っている。

  第7回目である本稿は部材技術開発の中でも、次世代の高い付加価値をもつガラス部材の開発を目指した「三次元光デバイス高効率製造技術」と「次世代光波制御材料・素子化技術」について、その取り組みを紹介する。


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 テーマ:「三次元光デバイス高効率製造技術」
事業年度:平成18年度〜平成22年度
実施機関:京都大学、ニューガラスフォーラム、浜松ホトニクス(株)


1.テーマ実施の問題背景、社会的ニーズ
  ガラスは通信・情報家電分野をはじめ社会の広範な分野で欠かせない基幹材料である。高度情報通信の進展にともなう超高速大容量化や各種機器の小型・軽量化などのニーズに対応するために、ガラス内に回路などを製作した各種三次元光デバイスを低コストで実現することが期待されている。新機能をガラスに付加する技術として、フェムト秒レーザーの多光子吸収過程を利用して三次元的に母材と屈折率の異なる異質相を形成する手法がある。この屈折率変化を利用した光導波路や回折格子などの光学素子への応用が提案されているが、実用化には高速加工による低コスト化や高精度化が最重要課題とされている。

2.研究開発内容について
  本研究では、フェムト秒レーザーとガラスホログラムや液晶型空間光変調器(LCOSマイナスSLM)による波面制御素子を組み合わせて、ガラス内部に各種デバイスを高速かつ高精度で、三次元的に一括で形成する技術を開発することを目的としている。プロジェクトの実施体制を図1に示す。京都大学、ニューガラスフォーラム、浜松ホトニクスが、本プロジェクトに参画し、プロジェクトリーダー平尾一之(所属:京都大学)のもとに開発を進めている。京都大学は、異質相形成メカニズムの解明などを研究し、三次元光導波路デバイスとそのガラス材料の開発を担う。早くよりフェムト秒レーザーを透明材料内部の加工ツールとして利用する研究をスタートさせ、数々の研究業績は世界的に評価が高い。ニューガラスフォーラムは、集中研(参加企業は図1)の中心となり、ガラスホログラムの設計・作製技術の構築、これを使用した三次元加工メカニズムの解明と加工システムの構築、この加工システムに適したガラス材料開発およびこれを利用した光学デバイスに光学ローパスフィルターの開発を担う。企業数約60社の会員と自らも研究員を擁し、ニューガラスに関する研究開発、技術動向などの情報収集・提供を推進する。浜松ホトニクスは、LCOSマイナスSLM三次元加工システムの開発を担う。光関連で技術力の高い企業で、特に空間光変調器は、1980年代初期から長年にわたり研究開発や事業化の実績を有する。

  図2に従来法と開発中の一括形成加工法を比較した。従来法は逐次レーザー照射で作製するため加工時間が長く精度も低かった。また複数光線による多光束干渉による加工も試みられたが前述の課題解決には至っていない。本プロジェクトでは、(1)三次元加工システムの構築と(2)応用デバイスへの適用の2つのテーマを進めている。

(1)三次元加工システムの構築
  本テーマでは三次元加工システムの構築では計算機ホログラム(CGH)を書き込む波面制御技術として(1)ガラスホログラムと、(2)液晶型空間光変調器(LCOSマイナスSLM)を開発した。前者の加工法は高精度・高耐光で量産向きである。後者は読み出しレーザー光の位相を可変でき、きめ細かい加工に適する。これらの二法を組み合わせた量産システムも期待できる。

  ガラスホログラムはCGHの位相情報をガラス表面に段差構造として記録する素子である。従来比10倍以上の高速設計と電子線描画マイナスドライエッチングによる多段構造をガラス表面に精度40nm以下での作製技術を確立した。このホログラムを用い、直径9μm、加工精度±0.9μm以下、長さ10mmの直線や曲線及びこれらを組み合わせて、ガラス中に立体的に一括形成したデバイスの作成に成功した。写真1はこれらのデバイスによる光情報伝送デモの様子を示す。ガラス内部に作製したミクロンメートルサイズ領域の屈折率微小変化を非破壊で測定できる技術を、超解像ソフト技術を併用し実現した。

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図3に、一辺60μmの立方体のガラス内部に多点三次元二重らせん構造を1ショットレーザー光、30フェムト秒で超高速形成する様子を示した。これらの形成には、新たに開発された光軸方向への伸びを完全に抑制できる加工技術を使用した。これにより世界初の高精度一括加工を実現できた。随時可変可能な加工システムのためLCOSマイナスSLMの開発を行い、高出力フェムト秒レーザーパルスの高精度な波面制御が可能な仕様である、空間分解能45万画素以上、変調速度50ヘルツ、光位相変調度2πラジアン以上、レーザー耐光性50GW/cm2   (100fs、1kヘルツ)を達成した。図4にLCOSマイナスSLMを内蔵した光波面制御モジュールの概念図と写真を示す。

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(2)応用デバイスへの適用
  本テーマでは(1)光学デバイスに光学ローパスフィルター(以下OLPF)を、(2)光回路デバイスに光導波路デバイスを具体的に作製し、当加工システムの有効性を検証した。また各々の加工条件やデバイスに最適なガラス材料を開発した。

@OLPF用に低レーザーエネルギーで母材と異質相の屈折率差0.015以上が可能なガラス材料を開発した。これを用いた厚さ300μmのガラス中にOLPFを一括形成し、20から2100万画素のデジタルカメラに搭載し、モアレ低減効果を確認した。これにより従来の複屈折を利用した水晶板フィルターの3枚構成を1枚にでき、従来の総厚み数mmをサブmmで実現できた。A光導波路デバイス用材料に石英ガラスやホウケイ酸塩ガラスを開発し、伝送損失0.1dB/cmの光導波路を作製した。また液晶型空間光変調器(LCOSマイナスSLM)を用いた一括加工でガラス内部に分岐導波路やダンマン型回折格子を作製し、光の16分岐を確認した(写真2)。またフェムト秒レーザー照射による異質相形成メカニズムの解明と、新たな異質相として元素分布形成やSi析出による屈折率制御が可能なガラス材料を開発した。

3.今後の見通し

 得られた加工技術は、レーザー加工デバイスのコストダウンと高精度化に寄与でき、汎用的で、各種デバイスへの適用が期待できる。これまでに個別部品として扱われた光学部品の集積化が可能となり、機器の小型・軽量、高機能化が実現する。

  本加工技術の実証用に開発したOLPFや光導波路デバイスは、事業化に向けた検討を進めている。

テーマ:「次世代光波制御材料・
素子化技術」
事業年度:平成18年度〜平成22年度
実施機関:パナソニック(株)、コニカミノルタオプト(株)、日本山村硝子(株)、五鈴精工硝子(株)、産業技術総合研究所


1.テーマ実施の問題背景、社会的ニーズ
  国際的な激しい価格競争に直面している情報家電機器の中でも、デジタルカメラをはじめとする撮像機器の日本の技術力は、他国の追従を許さない高いレベルを維持しつつ、国内での一貫生産が続いている。そのような状況を支えるコア技術に「ガラスモールド法」がある。

  高画質の撮像に使われる光学部材はほぼ100%ガラス製であり、高精度な光学部材が低コスト・低環境負荷で生産されている。本プロジェクトは、日本が得意とする高度なガラスモールド法のさらなる技術革新を目指しており、従来の光学部材の表面に微細な周期構造を形成して、反射防止、色収差補正、偏光制御などの機能を一発成型によって形成することを目指している。

2.研究開発内容について
  本プロジェクトは、集中研方式によって参画企業、大学、産総研が共同で基盤技術を構築しつつ、期間の途中であっても、成果が得られた時点で企業各社が自社内で実用化研究を開始できるというハイブリッド体制で研究を推進してきた(図5)。したがって、プロジェクト開始の際には、国の技術開発ロードマップと企業各社の研究開発戦略との整合性を考慮して入念な議論の末に研究課題を設定した。以下に、本プロジェクトの代表的な研究開発課題と得られた最新の成果を紹介する。

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(1)反射防止レンズ
  逆光線での撮像においては、画質の低下が避けられない。原因はレンズ表面での反射によるフレアーやゴーストの発生である。一方、表面に光の波長よりも小さな周期の円錐あるいは四角錐を2次元的に配列すると、その領域の実効屈折率が空気から基板まで徐々に変化すると見なせ、反射率が下がることが1980年代に知られていた。このような構造は、垂直入射だけでなく斜め入射の光でも反射を抑える効果があり、高画質化に貢献する。これまで、耐熱性と機械的強度に優れたモールドができなかったため、ガラスレンズの表面にそのような構造を形成することができなかったが、本プロジェクトでは、炭化ケイ素からなるレンズモールド表面の微細加工技術(図6)を構築し、世界で初めて反射防止ガラスレンズの成形に成功した。図7にモールドおよびレンズの写真を示す。計算機シミュレーションで最適化された2次元円錐構造がレンズの両面に一発成形されており、可視波長域(400〜700nm)の表面反射率は、構造がない場合の5%から0.5%以下に低減した。レンズ表面の曲率なども含めて、撮像光学系への搭載が十分に可能な性能を有したレンズの成形技術が完成した。

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(2)屈折・回折複合レンズ
  レンズの球面収差の問題は、非球面化によってほぼ解決した。一方、色収差については決め手となる技術が確立されておらず、未だに分散の異なるレンズの組み合わせによる色消しが主流である。したがって、高度な撮像機器になるほど光学系が大きく重くなる。この問題は、レンズ表面に同心円状の回折格子を形成し、屈折率と分散が大きく異なる樹脂あるいはガラスをコーティングすることで解消される。屈折と回折という2つの光学現象を併用する技術は、樹脂レンズの一部で報告されているが、ガラスレンズに適用することは極めて難しい。その理由は、反射防止レンズの場合と同様に、高温でのガラス形成に耐える耐熱性と機械的強度を持ったモールドができなかったためである。

  本プロジェクトでは、耐熱性の高いNiPモールドの機械加工に取り組み、種々の組成のガラスを用いた屈折・回折レンズの成形に成功した。図8は、切削加工によって回折格子を形成したNiP系金属モールドと、それを用いて成形したガラスレンズである。用いたガラスは、当該プロジェクトで新たに開発した高屈折・低分散ガラスである。エッジの部分まで精密な成形が繰り返し可能であり、モールドの耐久性が極めて高いことが実証された。成形されたレンズの表面に高分散紫外線硬化樹脂を塗布したガラス・樹脂ハイブリッドレンズの作製にも成功しており、可視波長全域において95%以上の回折効率が達成されている。

  以上の成果は、デジタルカメラあるいは光ディスクドライブなどに用いられる高機能光学部材を生産しているパナソニック(株)、コニカミノルタオプト(株)に加え、特殊ガラスの生産に踏み出している日本山村硝子(株)および五鈴精工硝子(株)の垂直連携研究と、産総研、大学の基盤研究との融合によって、短期間で効果的に生まれたものである。

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3.今後の見通し
  本プロジェクトによって、硝子表面への微細構造の形成が従来にない新たな機能の発現に有効であることが実証された。情報家電製品だけでなく、医療、安全、ロボットなど、様々な分野の機器に搭載される光学部材には、屈折率、分散、熱的・化学的特性など、より一層厳しい特性が要求される。

  その一方で、製造エネルギーや環境負荷の低減は産業界が遵守すべき必須条件である。これら2つの要求を満足するグリーンプロセスとして、ガラスモールド技術の重要性は今後ますます高まると期待される。

 <坂井数馬:(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構 電子・材料・ナノテクノロジー部>