2段階の熱処理で高品質のビスマス系薄膜を作成することに成功

 JST戦略的創造研究推進事業において、大阪大学大学院工学研究科佐伯昭紀准教授と西久保稜佑大学院生(博士後期課程1年)は、価格、低毒性、安定性に優れた硫化ビスマスの成膜プロセスを開発し、高性能光応答素子の作製に成功した。

 実用化されている太陽電池や光検出器の光電変換材料の多くは、高価で有毒な元素を含んでおり、安価で低毒な新規材料の開発が強く求められている。しかし、素子の性能を評価するには均一で平坦な薄膜を作製する必要があり、1つの候補材料だけでも成膜方法の開発に数年かかることもある。そのため、多くの材料を一つひとつ検討していくには膨大な時間と労力を要していた。

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 本研究では、佐伯准教授らがこれまでに開発した、粉末でも簡便に光電気特性を評価できるマイクロ波分光法注1)を用いて、200種類以上の材料を評価し、その中から硫化ビスマスが高い光電気特性を示すことを見いだした。硫化ビスマスは安価でより低毒なものの、溶媒に溶けにくい粉末材料であり、このままでは素子作製が困難だった(写真)。そこで、前駆体注2)を溶かした溶液からアモルファス性の薄膜を作製し、続いて硫化する新たな熱処理プロセスを開発し、優れた光電気特性と膜平坦性を兼ね備えた薄膜の作製に成功した。従来、光電気特性と膜平坦性は両立しないものだったが、新規プロセスは結晶の核生成と成長過程を個別に制御することでこの問題を克服した。これにより、光応答性能が大きく向上した。

<研究の背景と経緯>

 光を電気に、または電気を光に変換する光電変換素子は、それぞれ太陽電池や光検出器、発光ダイオードなどとして社会の様々な場所で利用されている。これらの光電変換材料が含んでいる元素には、高価なものや有毒なものがある。そこで、安価・低毒・安定でかつ高性能な新規光電変換材料が世界中で開発されている。

<研究の内容>

 研究グループは、粉末でも簡便に光電気特性を評価できるマイクロ波分光法を用いて材料を探索した。200種類以上の材料を評価したところ、硫化ビスマス粉末が高い性能を示すことを見いだした。しかし、硫化ビスマスは溶媒に溶けにくい粉末材料であり、このままでは素子に応用することはできない。

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図1 硫化ビスマス薄膜の形成
a:今回開発した高品質硫化ビスマスの成膜プロセス。1段階目で溶液をスピンコート、アニール(熱処理)。
2段階目で硫化・結晶化した。
b:石英基板上に形成した硫化ビスマス薄膜。
c:硫化ビスマス薄膜の原子間力顕微鏡図。明暗は高さ(0〜14ナノメートル)を表す。
d:硫化ビスマスのナノ粒子溶液を塗布して作製した従来法による薄膜の原子間力顕微鏡図。

 そこで、ビスマス(Bi)を含む化合物と硫黄(S)を含む化合物を前駆体とする溶液調整の検討から始めた。複数の前駆体と溶媒を試した結果、プロピオン酸を溶媒として前駆体をスピンコート注3)し、熱処理すると、平坦で均一なアモルファス性の薄膜が形成できることを見いだした(図1aの1段階目)。続いて、希釈した硫化水素ガス(H2S)雰囲気下で熱処理すると硫化・結晶化が起こり、光電気特性と膜平坦性を兼ね備えた高品質の硫化ビスマス薄膜を形成することができた(図1aの2段階目)。

 作製した硫化ビスマス薄膜は、肉眼で見ても(図1b)、原子間力顕微鏡で観察しても(図1c)、優れた平坦性を示し、従来の成膜法と比べて結晶のサイズが大きくなった(図1d)。ビスマスと硫黄の割合が理想的な2:3に近いことも確認でき、さらにビスマスと硫黄の結合が層構造を形成して基板に平行に積み上がっていることも分かった。

 この新規プロセスでも前駆体の濃度、スピンコート回転数、熱処理温度と時間、硫化水素ガスの流量など、多くの条件を最適化する必要がある。ここでも前述のマイクロ波分光法で迅速・安定に評価することで、最小労力でプロセスを最適化した。このように本研究では、マイクロ波分光法を活用した評価法を基軸とした材料探索・プロセス開発という、独自の開発手法の有効性を示すことができた。

 新たに開発したプロセスでは、多結晶形成に関わる核生成(図1aの1段階目)と結晶成長(図1aの2段階目)を独立したプロセスに切り分けることで、それぞれを最適化することに成功した。その結果、従来のプロセスで作製した硫化ビスマス薄膜に比べて、素子の光応答性能を6倍〜100倍以上向上させることができた(図2)。作製した素子は、大気中・室内で3カ月放置した後も性能を維持しており、長期安定性にも優れている。

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図2 硫化ビスマス薄膜を用いたフォトレジスタ素子
a:フォトレジスタの素子構造。
b:今回および従来の手法で作製した硫化ビスマス薄膜を用いた、フォトレジスタの性能(オン・オフ比)の比較。
オン・オフ比とは、光(ここでは疑似太陽光)を当てていないときと当てているときの抵抗の比で、高い方が高性能。

<今後の展開>

 今回は硫化ビスマスに特化して成膜法を開発したが、同様の開発プロセスが他の硫化物(カルコゲナイト)注4)にも適用できる。

 研究グループは、今後も超高速スクリーニング法を駆使し、さらに新規プロセスを他の材料にも適用して、優れた次世代太陽電池材料を開発する予定。

<用語解説>

 注1)マイクロ波分光法:正式には、時間分解マイクロ波伝導度法と呼ばれる。光パルスを材料に照射すると短寿命の電荷が生じ、その電荷がマイクロ波と相互作用してマイクロ波のエネルギーが減衰する。その量から、電荷の時間挙動や電荷キャリアの局所的な移動度をナノスケールで評価でき、太陽電池素子の性能と相関した信号を得られる。

 注2)前駆体:目的化合物へ変換する前段階の反応物の名称。今回は、目的の硫化ビスマス薄膜を形成する前に、前駆体であるビスマス化合物と硫黄源となる化合物を溶液に溶かし、熱処理と硫化水素で目的生成物へ変換した。

 注3)スピンコート:溶液を基板に落とし、基板を毎分1000〜5000回転の速さで回転(スピン)させることで溶媒を瞬時に蒸発させ、薄膜を形成する手法。

 注4)カルコゲナイト:元素周期表の左から16列目にある元素(軽い方から、酸素、硫黄、セレン、テルル)をカルコゲンと総称し、これらと金属元素からなる物質をカルコゲナイトと呼ぶ。特に層状構造を持つ硫化モリブデン(MoS2)や硫化タングステン(WS2)は、優れた電気・光物性が近年注目を集めている。

 <資料提供:科学技術振興機構(JST)>