920MHz帯特定小電力無線モジュールの最新技術動向

【1.はじめに】

 IoTを支える無線技術として、低消費電力で、カバーエリアの広い、その名の通りのLow Power Wide Area(LPWA)が注目をあつめている。LPWAとひとくくりに呼ばれるものの、多種多様な方式があり、それらのメリット・デメリットもまた、多様である。今回は、その中でもロームが特に開発に注力しているWi−SUN≠フ最新動向を紹介する。

【2.Wi−SUNとは】

 Wi−SUNとは、Wireless Smart Utility Networkの略で最近策定された新しい無線通信規格のことである。2012年にWi−SUNアライアンスが発足し、IEEE802.15.4gをベースとした標準化が進められている。

 図1に、様々なIoT向け無線通信規格の中でのWi−SUNのポジションを示す。

 この図から分かるように、Wi−SUNはWi−Fiより通信距離が長く、LoRa WANやSigfoxよりデータ転送のスピードが速いという特徴を持っている。適度に飛び適度に速く、基地局に依存しないバランスの良い無線通信規格であるため、IoT市場で最も適用範囲が広い無線といえる。

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[図1]IoT向け無線通信規格

【3.Wi−SUNプロファイルの種類】

 Wi−SUNアライアンスには技術仕様を策定するワーキンググループ(以降、WG)があり、複数のプロファイルが策定されている(図2)。

 HAN WG、FAN WG、RLMM WG、JUTA WGの4つのワーキンググループにより4種類のプロファイル策定が進められている。

 ロームでは、既に仕様策定・認証が開始されているHAN、FAN、JUTAの3つのプロファイルに対応した製品の開発を進めており、その最新状況について紹介していく。

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[図2]Wi-SUNアライアンスで策定されているプロファイルの種類

【4.Wi−SUN Enhanced HAN】

 HAN WGで策定されたプロファイルのひとつに「Wi−SUN Enhanced HAN」がある。ロームでは2019年1月からWi−SUN Enhanced HANに対応した無線通信モジュール「BP35C0−J11」の量産を開始している。Wi−SUN Enhanced HANは従来のHANに通信距離を拡張するリレー通信機能や、電池駆動機器でも双方向通信を可能にするスリープ通信機能をサポートした最新の規格である。家庭内ネットワーク(Home Area Network:HAN)はもちろん、工場や商業施設内の広い場所でWi−SUN対応機器が活躍するシーンが増えていくことが予想される(図3)。

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[図3]Wi-SUN Enhanced HANの用途

 Wi−SUN Enhanced HAN規格について、図4に概要を表す。

 HAN WGでは、はじめにBルート通信、次にシングルホップHAN、そして最新のEnhanced HANという順でプロファイルが策定されている。

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[図4]Wi-SUN Enhanced HAN含む各プロファイルのイメージ

Wi−SUN Enhanced HAN規格の特徴:

1.リレー通信が可能

 従来のWi−SUN HAN規格では1対多のスター型接続のみをサポートしていたが、Wi−SUN Enhanced HANでは1対多対多のツリー型接続が可能となる。これにより、例えば宅内のHEMSコントローラと屋外に設置された蓄電池やEVチャージャといった機器との通信のように、通信端末同士が見通し外で通信距離が離れている場合でも、中継機を介することでより安定した通信が可能となる。

2.スリープしながら双方向に通信(スリープ通信)が可能

 通常、無線通信で双方向に通信を行う場合、無線機は常に受信状態を維持する必要がある。しかし、受信状態中はある程度電力を消費するため、電池で動作するセンサー機器などが双方向通信を行うことは難しく、一般的には送信のみをサポートする方式が採用されている。それに対しWi−SUN Enhanced HANでは、省電力動作を意識した双方向通信方式をサポートしており、ユーザーは電池駆動でも最適な通信を行うことが可能となる。

ローム製無線通信モジュール「BP35C0−J11」の特徴:

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[図5]BP35C0-J11対応モード

1.全モードサポート

 BP35C0−J11は、Wi−SUN Enhanced HANで規定されているすべてのモードをサポートしている。そのため、ゲートウエイなどのネットワークを統括するコーディネータ、家電やセンサーなどのネットワークにつながるエンドデバイス、無線通信を中継するリレーデバイス、省電力動作を行うスリーピングデバイスのすべてに使用できる。またスマートメーターと接続するBルートにも利用可能だ。煩わしいハードウエアの交換やファームウエアの切り替えも不要である。BP35C0−J11は、お客さまのニーズに応じた様々な用途に使用できる。

2.「FOTA(Firmware update Over The Air)」機能を搭載

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[図6]FOTAイメージ

 無線通信でファームウエアデータを配信および更新するFOTAを行うには、通信速度が遅いと時間がかかるため、ある程度の通信速度をもった規格が適している。また、実運用を考えた場合、通常の通信を行いながらFOTAを実行する必要があり、バックグラウンドでファームウエアを格納するための領域をデバイスに確保する必要がある。BP35C0−J11は、@Wi−SUNによる速い通信(100kbps)とAファームウエア格納領域を2つ持つラピスセミコンダクタ製無線通信LSIを採用し、実運用に最適なFOTA機能を実現した。

 FOTA機能の搭載により、万一の不具合にも迅速に対応することができ、さらに規格のマイナーアップデートにも低コストで対応することができる。

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[図7]BP35C0-J11評価ボード

3.評価ボード

 ロームは、お客さまの評価期間短縮に寄与する、BP35C0−J11を実装した評価用基板「BP35C0−J11−T01」のインターネット販売を3月から開始している(図7)。

 また、無線モジュールスタートガイドやハードウエア仕様書、外付けアンテナリストなど、開発に必要なドキュメントすべてを、ロームホームページのサポートページよりダウンロードすることができる。
https://micro.rohm.com/jp/download_support/wi-sun/

【5.Wi−SUN JUTA】

 ロームは電池駆動を行うスマートメーター用の新しい国際無線通信規格である「Wi−SUN JUTA」に向けた製品開発を規格策定の段階から行ってきた。ローム製無線通信モジュールは、既に東京ガスで採用されており、2019年5月に正式リリースされた「Wi−SUN JUTA」において、認証試験用の基準器(CTBU:Certified Test Bed Unit)として採用されるとともに、業界でいち早くアライアンス認証を取得した。

【Wi−SUN JUTA規格の特徴:】

1.電池駆動のスマートメーターで10年以上の動作が可能

 Wi−SUN JUTAは、独自の間欠動作(一定間隔で送受信する以外、全てスリープ)を行うことで、受信時間を極めて短くしており、同じ920MHz帯特定小電力無線を扱う従来のWi−SUN(Wi−SUN Enhanced HANのエンドデバイスモード)と比較して消費電流を98%以上削減している。このため、電池駆動のガススマートメーターや水道スマートメーターなどを10年以上動作させることが可能になる(図8)。

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[図8]消費電流動作について

2.多数のアプリケーションが混在するエリアでも高信頼の通信が可能

 送信機が通信を開始するにあたり、一般的な低消費電力無線通信では連続で送信動作を行うが、Wi−SUN JUTAではビーコンをキャッチするまで受信動作を行い、この間電波を占有する送信動作を行わない。したがって、通信回数が増えた場合でも電波占有時間が増えにくく、安定した通信を行うことができる(図9)。

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[図9]通信頻度に対する通信成功率

【ローム製無線通信モジュールの特徴:】

1.高信頼のメッシュネットワークを構築可能

 最大4ホップまでのマルチホップ通信(中継機能)をサポートしているため、故障などで使えなくなった経路が発生した場合に、送信先に達するまで継続的に経路を再構成するメッシュネットワークを構築することができる。

2.セキュリティ機能内蔵

 セキュリティ機能を内蔵し、通信の暗号化とセキュリティ鍵の更新を無線通信モジュール側でサポートしているため、ホスト側で複雑な処理をすることなく、簡単にセキュアな通信を行うことができる。

【6.Wi−SUN FAN】

 京都大学 大学院情報学科原田博司教授の研究グループと、日新システムズ、ロームの共同開発によって、2019年1月にWi−SUN FANの認証を取得した(図10、11)。

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[図10]Wi-SUN FANモジュールと評価ボード(開発中)
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[図11]Wi-SUN HAN認証書

【Wi−SUN FAN規格の特徴:】

1.マルチホップ・メッシュネットワークへの対応

 マルチホップ・メッシュネットワークは、一般的に用いられるスター型ネットワークとは異なり、図12に示す通り多段にデバイスを接続してメッシュ状にネットワークを構築し、面的にエリアをカバーすることができる方式である。

デバイスの冗長な配置により、複数の経路ができるため、単一障害点によるシステム全体の障害を避けて、より安全なネットワークを構築することが可能となる。

 これにはIETFのオープンな仕様であるRPL(IPv6 Routing Protocol for Low−Power and Low Network)と呼ばれるプロトコルを採用している。RPLにより、近隣のデバイスを自動的に発見し、自律的にメッシュネットワークを構築する。通信経路はまず、デバイス同士が交換する無線通信品質を基にデータを収集するアクセスポイントであるボーダールーター(Border router)までの仮想的な距離であるRank値を計算する。そして、Rankが最も小さい経路を最適経路と判断して通信を行う。

 設置後の地勢の変化や突発的な電波障害に対して、他の経路を選択することで安定したシステムの運用が可能になる。

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[図12]マルチホップ・メッシュネットワーク

2.高度な認証と暗号通信

 RADIUS/AAAサーバーによる認証を採用しており、認証方式にはEAP−TLSを使用する。接続されるデバイスには、クライアント認証書を設定できる。許可されたデバイスのみボーダールーター側で一元管理されるため、経路が変わってもデバイスごとの設定は不要となる。また、暗号には非常に強力なAES暗号を用いて安全な通信が可能となっている。クライアント証明書は、Wi−SUNアライアンスによって指名されたGlobalSign社の発行する証明書を使用することができる。本格的にシステムを稼働させる際には正式なクライアント証明書で運用できるよう設計されている。

3.周波数ホッピング

 国内においては、50kbps通信時に922.40MHz(33ch)から928.00MMHz(61ch)の28チャンネル、150kbps通信時には922.50MHz(33、34ch)から927.7MHz(59、60ch)の14チャンネルの範囲で各デバイスはチャンネル切り替えを行いながら動作させる。ユニキャスト通信の場合は、各デバイス自身が持つEUI−64のMACアドレスをキーに、ブロードキャスト通信の場合は疑似乱数であるTR51CF(TR51 Channel Function)あるいはDH1CF(Direct Hash Channel Function)により利用チャンネルを計算し、一定の周期ごとにチャンネルを切り替えて通信を行う。チャンネル切り替えはシステムの目的や運用に合わせて変更が可能となっている。また、切り替えチャンネルの範囲あるいはチャンネルマスクを個々のデバイスに設定することも可能で、柔軟なシステムを構築することができる。周波数ホッピングによって電波干渉やノイズなどに耐え得る強固なシステムを構築するとともに秘匿性の高い通信ができる。現在の電波法では、Wi−SUN FANの電波帯において1時間に6分のみの送信制限があるが、周波数ホッピングにより複数チャンネルを使用することで1時間に12分の制限に緩和される法改正が計画されており、それが施行されるとさらにWi−SUN FANの適用範囲が拡大されていく。

【7.今後の展望】

 ロームは今後Wi−SUN Enhanced HAN(BP35C0−J11)、JUTAの普及促進およびWi−SUN FANモジュールの開発・量産に注力していく。
 スマートメーターはもちろん、それ以外の物流・資産管理やセキュリティ・スマートビルなどが注目されているLPWA市場で最も適用範囲の広いWi−SUNの普及促進に努め、より良い社会の実現に貢献していく。

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<ローム(株)>