光通信用レンズの最新技術

井上一浩:アルプス電気(株)営業本部通信デバイス営業部

◆通信市場における光通信
 インターネットユーザー数の増加に加え、IT革命、ブロードバンド社会が追風となり加速度的に通信市場が拡大してきた。
 仕事にプライベートにインターネット端末やその他のデジタル機器は生活に欠かせないツールとなりつつあることでも、その度合いが理解できるだろう。
 特に、市内通話料が格段に安い米国では個人や企業が市内にあるインターネット・プロバイダーに常時接続するために、幹線網の必要伝送容量を上昇させている。幹線系通信網において従来のメタル(銅線)を用いたアナログ通信システムではスピードと通信距離の限界を超えてしまい、このため光ファイバーによるデジタル通信システムが急激に普及したことはご存知のとおりである。
 今や通信網は、メタルから光ファイバーへ変化し、伝送される情報もテレコム(電話通信)から生活環境のネットワーク化に必要となるデータコム(データ通信)に変遷、伝送方法も光波長多重の導入などで大きく変化した。
 光幹線網の整備は、時代をにらんですでに主要都市間での敷設はほぼ完了している。ほとんどの主要先進国では同様の状況と思われる。そんな中、2000年を中心とした通信市場に対する過度な投資は、幹線網の過剰を生み出したのも事実である。
 しかし前述のとおり、インターネットの普及や多様なサービスコンテンツによりxDSLやFTTHは活発な動きを見せている。
 このアクセス網の活性化が、過剰気味な幹線網の需要を喚起してくることも期待され、低迷している光部品市場に反して、次世代の製品開発は活発に行われている。



◆市場変化に合わせた光学部品
 光通信用の部品は、光ファイバーのコア径(光が通る部分の直径)が10ミクロンであることからも分かるように、小型精密加工部品や材料開発技術・高周波電子回路技術、そしてそれらを組み合わせる精密調整組み立て技術など、高信頼性が必要となる。日本は、このような末端の部品、特に素材に近い部品では世界の供給基地となっている。
 一時の加速度的な市場拡大は、他方、一気に供給過剰へと発展し、現状でも供給バランスは安定していない。そんな状況ではあるが市場は常に動いており、その動向に合った部品を提供していく必要がある。
 アクセス網についていえば、需要量が多い分、低価格で取り扱いが簡単なシステムが要求されており、使用されるレンズについても、多少性能は犠牲にしても、安価で組み立て調整の簡単な、取り扱いやすいものが要求される。また、幹線系に使用されるレンズについても、従来通りの高性能を要求されながら、トータルシステムでのコスト低減が不可避の条件になってきている。
 コスト低減については、部品価格そのものに対する要求と、システムの組み立て工程や構造見直しなどによる原価低減の両面からメスが入り始めている。



◆開発経緯
 総合電子部品メーカーであるアルプス電気と、「光」との関わりは古く、現在の主力製品である光通信用非球面ガラスレンズの開発は十数年前にさかのぼる。また、これに関わる基礎技術の蓄積では、それよりさらにさかのぼること1970年代後半から行われた。
 当初は、カメラ用のレンズの開発からスタート。その後1986年にCD(コンパクト・ディスク)用の非球面ガラスレンズを製品化し、当社内製のピックアップモジュールに組み込んで、ポータブルCDドライブに搭載された。その後、CD用レンズはプラスチック製に移行し、小形非球面ガラスレンズの新たな市場への展開を模索した結果、光通信市場へ参入を決めた。
 当社の通信用レンズは、すでに10年以上の量産実績を持つ。
 通信用のレンズは一般的な球形の「ボールレンズ」と屈折率分布形の「GRINレンズ」が代表的だったが、レーザーから出た光をガラスファイバーに効率良く結合する「高結合」およびセット側での取り扱い易さ「ハンドリング性」といった面での課題があった。
 当社ではこの2点の改善を製品コンセプトに開発を進め、独自の「鏡筒一体形非球面ガラスレンズ」(写真1)で光通信市場への参入を果たした。
 これは、透過波面収差(球面収差も含むすべての収差)が0.03λ(使用波長の3%)以下という、非常に精密な非球面レンズであり、このレンズにより結合ロスを大幅に低減することができるようになった。また、レンズを鏡筒と一体化したことにより、取り扱い性を格段に良くすることができた。加えて小ロット/多品種の生産対応や、技術サポートなどの強化も図った。
 このように、時代の流れを掴み、市場ニーズに則した製品の提案と、顧客ニーズに対応した生産、サポートが実を結び、市場での知名度、信頼度を着実に得ることとなった。
 当初、バタフライタイプやコアキシャルタイプのLDとファイバーの結合用として供給を開始した当社のレンズは鏡筒小径品も加え、標準品は25モデル49機種と幅広い用途に応えられるようになった(図1)。

写真1
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  図1
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鏡筒一体形非球面ガラスレンズ
鏡筒一体形非球面ガラスレンズ標準バラエティ


◆市場変化を掴みニーズへのさらなる対応
 製品提案を常に行うには、市場変化や技術トレンドの動向を捉えることが最も重要な要素である。
 この動向を常に見据え、これまでの当社製品の特徴であった「鏡筒一体形」にかかわることなく、さらに市場領域を拡大するため「メタライズド非球面ガラスレンズ」「小形非球面ガラスレンズ」「角形非球面ガラスレンズ」「ビーム整形レンズ」を新たに製品ラインアップに加えた。前にも述べたが、システムの取り扱い易さや低価格化から、レンズにおいても小型化が要求される一方、製造原価低減のために固定方法の多様化の要求も強まってきている。
 この製品ラインアップは小型化と多様化した用途、固定方法に対応することをキーワードに新製品の開発を進めてきた結果である。
1.メタライズド非球面ガラスレンズ(FLH*シリーズ)(写真2)。
 光通信用ガラスレンズはおもに、レーザーによる溶接、低融点ガラスやエポキシでの接着による固定方法が用いられている。より容易な固定方法としてハンダ付けによる固定を望む声に応え、本製品は、レンズに金属を被覆し表面に金メッキを施すことで、ハンダ付けによる固定を可能とさせた。セット側では固定に要する設備や工程などのコスト低減が図れる。
 当社独自の精密加工技術、金型加工技術を駆使することで、金属被覆を含めた直径1.5mmの小型化を達成し、非球面ガラスレンズ固有の高結合効率はそのまま継承させ、さらに発光体など光源の微小なズレがおきても追従する高トレランス設計など、高い信頼性を誇る。
2.小型非球面ガラスレンズ(FLG*シリーズ)(写真3、図2)。
 V溝タイプ小型モジュールに対応した非球面レンズである。これは、従来の各ディスクリート部品による組み上げではなく、シリコン基板上にレーザーチップをボンディングし、前部分には断面がV字形となる溝をケミカルエッジングし、そこにレンズが搭載される。
 この小型レーザーモジュールは、モジュールの小型化とともに、低出力、低価格をターゲットとしており、これに搭載されるレンズでは、高性能かつ高価な非球面レンズは求められていなかった。
 しかし、幹線系へのDWDMの導入により、長距離伝送システムにおいても多数のレーザーの使用で、機器の高密度実装化が進み、高速かつハイパワーなレーザーモジュールも小型化が図られた。小型化、また、構造上においてレーザーチップのパワーを抑えた上で高出力を確保する必要があり、高い結合効率が得られる非球面ガラスレンズが搭載されるようになってきた。
 他社製品と同様に鏡筒のない、ガラスのみを使用したレンズであるが、市場ニーズの反映と当社の独自性を生かした製品である。
 このように、モジュールの構造変化に対して、鏡筒一体形という自社の特徴を廃した代わりに、世界最小サイズと座りの良さを実現し、他社とは一味異なる製品に仕上げた。
3.角形非球面ガラスレンズ(FLG*シリーズ)(写真4)。
 さらに小型レーザーモジュールを含め各種光モジュールは、多重通信の進展による搭載部品の増加やモジュールの小型化に対応するため、基板をより高精度に平面化することで、実装密度の向上を図っている。また、同時に搭載する光通信用レンズには、固定や位置調整の工程を簡略化するため、より容易な取り付けが次世代製品では望まれるようになってきた。
 本製品はこれらに対応し、外形を角形とした光通信用レンズである。
 当社が長年蓄積してきた成型技術により、1.0mm×1.0mm×0.82mm(W×H×D)という小型で外形からレンズ中心部までの位置精度(公差)は、±3μmを達成し、セット側での光軸との位置調整がより容易となるなど、高いハンドリング性を誇る。現在、接着に加え、ハンダ付けなど固定方法のバラエティー拡充も進めており、さらなる顧客ニーズの実現に向けて開発し続けている。
 ビーム整形レンズ(写真5)は、高出力化により、アスペクト比(出射角度縦横比)が大きくなった励起用LDの結合効率を改善するため、楕円のビームを円に変換するレンズである。
 従来は、主にレンズレスで特殊なファイバーが使用されていたが、このビーム整形レンズに変えることにより、さらに高い結合効率が得られる上、ネックになっていた調整工程も、より簡素化することができる。また、LDとファイバーの間にアイソレーター他の部品を入れるなど、構成設計に自由度を持たせることが可能となるのである。

  写真2
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  写真3
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  図2
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メタライズド非球面ガラスレンズ
小型非球面ガラスレンズ
V溝構造
  写真4
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  写真5
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角形非球面ガラスレンズ
ビーム整形レンズ

◆ナノ・マシニングでさらに広がるデバイスの可能性
 当社は「光学設計技術」「金型加工技術」「ガラス成形技術」をベースに非球面ガラスレンズを製品化してきた。このコア技術にさらにナノ・マシニングの技術を掛け合わせ、光学デバイスの進化を探る。
 この“ナノ・マシニング”とは金型を用いたデバイスの製造でナノ精度を実現するものづくりを当社では呼んでいる。ナノ(10億分の1)という大きさは結晶よりも遥かに小さく、高分子レベルの大きさに相当するため、「ナノ精度」とは分子単位の精度を指す。この精度で切削することは、「分子と分子を正確に切断する」ことなのである。また、このナノ・マシニング、すなわちダイヤモンドバイトによる切削加工においては、切りこみ量は必然的に小さくなり、従来加工では経験のない現象にも遭遇する。このナノ・マシニングの技術を確立するには、
(1)ナノ精度で制御ができるナノ加工機の開発
(2)実際にナノ加工を行う刃物(バイト)と、これを用いた切削加工技術
(3)温度、振動を制御しナノ精度を保証する環境構築
(4)ナノ精度の形状/寸法評価技術が不可欠である(写真6)。
 当社はこのナノ・マシニングによる微細構造の加工技術開発により、すでに回折光学デバイスの製品化も進めてきた。
 光学デバイスは大きく「屈折光学デバイス」と「回折光学デバイス」の2つに分類できる。
 屈折光学デバイスとは先に紹介した非球面ガラスレンズに代表され、光を「線」として捉え、屈折率と入射角で出射光、すなわち光線を規定する。光の波長よりも大きな構造で光を制御する(図3)。回折光学デバイスは光波長に近い10μmからサブミクロン単位の周期構造により、光を「波」として制御し、さまざまな機能(図4)を実現するものである。波と捉えて制御するためには、波長の1/100から1/1000もの正確な寸法精度が求められる。したがって光通信用のデバイスには、数nmから数十nmの形状や寸法精度を持たせた光学デバイスということになる。
 当社の超微細加工技術は、フォトリソグラフィでは不可能なナノオーダーの自由曲面加工、斜面形状への加工、高精度なエッジを加工できるなどの特徴があり、その技術は屈折と回折を複合させるなど応用製品にも生かせる(図5)。
 すでに光通信分野でのアレイ化の動きに合わせてレンズアレイ(写真7)の製品開発や導波路を含む成形プラットフォームの調査、マーケティングも進めている。
 当社は顧客ニーズに応える高機能かつ高付加価値製品を実現するためにも、今後も、より高精度な微細加工技術開発を深耕させ、進化する光学デバイスを探求し続ける。「ナノ・マシニング」でさらに光を自在に操っていく。

  写真6
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  図3
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  図4
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ナノ・マシニング金型加工
屈折光学デバイスの原理
回折素子の光学機能
  図5
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  写真7
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回折光学デバイス例
ファイバーコリメーターレンズアレイ


◆今後の「光の時代」に向けて
 光市場はまだまだ未知数である。すでに家庭にも光ファイバーが引き込まれ始め、加入者網と幹線系通信のトラフィックは高速、大容量、高機能化がまだまだ進むであろう。
 この中で、各種の新技術やシステムも生まれると思われ、当社はいち早くこれられに対応した製品開発を行い、市場に提供していく。
 時代のニーズを的確に捉え、今後も製品トータルとして顧客に満足していただける製品を市場に提供していくとともに、技術の深耕、蓄積を重ね、ALPSは進化する光学デバイスを創出する。






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