産総研特別寄稿(第3回)

薄膜シリコン太陽電池の研究開発
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はじめに

 現在、太陽電池市場の8割以上を占める結晶シリコン太陽電池は、単結晶および多結晶シリコンウエハーを用いるためコストの半分近くが材料費となり、将来の大幅な低コスト化と需要拡大に備えた材料確保には「省シリコン」が1つのポイントになると考えられる。薄膜シリコン太陽電池は、光を吸収するシリコンの厚さが結晶シリコン太陽電池に比べて薄い(約1/100)ということが最も大きな特徴であり、しかもシリコンをインゴットから切り出す必要がなく、安価な基板上に1〜2メートル角というスケールで薄く広く作ることができるため、省資源で生産性に優れている。

  一方、薄膜シリコン太陽電池の変換効率は生産レベルで7―10%程度と結晶シリコン太陽電池の半分程度にとどまっている。現在、薄膜シリコン太陽電池は設置面積の制約が少ない大規模太陽光発電所などに導入されているが、今後市場でシェアを拡大していくためには、変換効率や製造プロセスを改善して発電コストを下げていくことが求められている。

  シリコン新材料チームでは、(1)アモルファスシリコンや微結晶シリコンを中心とする薄膜シリコン太陽電池の高効率化やプロセスの高スループット化(2)太陽電池の多接合化に向けた新材料の開発(3)薄膜シリコン太陽電池に不可欠な透明電極や光閉じ込め技術の開発などを行っている。本稿ではこれらの研究成果の一端を紹介する。

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アモルファスシリコンおよび微結晶シリコン太陽電池の研究開発
 薄膜シリコン太陽電池では所望の変換効率を達成するために、図1に示すようなアモルファスシリコンと微結晶シリコンを組み合わせたタンデム構造が広く用いられている。これは、結晶シリコン太陽電池と異なり、広い波長範囲にわたる太陽光スペクトルをそのエネルギーに応じたバンドギャップをもつ材料で吸収することにより、エネルギー変換ロスを少なくする技術である。

  このタンデム型太陽電池は太陽光の可視領域をバンドギャップの大きいアモルファスシリコン(Eg〜1.7eV)トップセルが吸収し、透過する赤外光をバンドギャップの小さい微結晶シリコン(Eg〜1.1eV)ボトムセルが吸収する仕組みで、両者は電気的に直列接続されているため、出力電圧が各要素セルの電圧の和となり出力電力(変換効率)が増加する。これらの材料の製膜には一般的にプラズマCVD法(図1)が用いられ、トップ・ボトムセルを製膜条件を変えるだけで連続的に製膜することができる。

  しかしながら、現状の技術ではこのタンデム型太陽電池にもいくつかの技術課題が残されている。1つはアモルファスシリコンの光劣化の問題であり、もう1つは微結晶シリコンのスループットの問題である。

  アモルファスシリコン太陽電池は厚さ200nm程度の光吸収層(i層)を薄い(〜20nm)p層およびn層で挟んだp−i−n接合を基本構造とし、i層にできる内蔵電界を利用して表面・裏面電極から光電流を取り出す。しかし、光照射によりアモルファスシリコンの欠陥密度が増加すると、光生成キャリアの再結合が増えるとともに、i層の内蔵電界が弱くなるため、主に太陽電池の曲線因子(FF)の低下を招いて変換効率が低下する。このアモルファスシリコンの光劣化は膜中に存在する水素含有量、特にSi−H2 結合密度と大きな相関があることが知られている。

  われわれは、プラズマCVDを用いたアモルファスシリコンの製膜過程において、アモルファスシリコンの成長に必要なラジカル(SiH)を選択的に基板に輸送し、Si−H2結合の原因となる高次シランラジカル(Si)を取り除く製膜法(トライオードプラズマCVD)を適用し、高安定なアモルファスシリコンの作製をおこなっている。

  この製膜法をp−i−n型太陽電池のi層の製膜に適用した結果、単接合セルで安定化効率9.4%を達成した(図2)。

  この太陽電池は、これまでに報告されている世界最高効率(10.1%)の太陽電池と同レベルで、光劣化率が従来に比べて約4%低いことが特徴であり、透明電極や光閉じ込め構造の改良により、さらに高い安定化効率が得られるものと見込んでいる。

  微結晶シリコン太陽電池も、アモルファスシリコン太陽電池と同様にp−i−n接合を基本構造としているが、必要な吸収(i層)膜厚が2μm以上と厚いため、量産には高速製膜技術の開発が必要不可欠である。

  われわれは、プラズマCVDプロセスのイオンエネルギーや気相反応の制御を検討し、これまでより2〜3倍速い製膜速度領域で微結晶シリコンの作製とその材料評価をおこなってきた。

 従来に比べ1桁高いガス圧力でプラズマ分解を促進すると、緻密で大きな柱状結晶構造をもつ微結晶シリコンが得られることを発見し、このような材料は結晶粒界の酸化(post−oxidation)を抑制できることを明らかにした。

  実際、この製膜技術をp−i−n型微結晶シリコン太陽電池のi層の製膜に用いると、光生成キャリアの再結合損失が抑えられ、赤外感度領域の量子効率が大幅に改善した。これまでに、製膜速度2.3nm/sで変換効率9.1%を得ており(図3)、高効率微結晶シリコン太陽電池の高速製膜化を実証するとともに、企業との共同研究を通して産業化に至っている。

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多接合化に向けた新材料の開発
 薄膜シリコン太陽電池の最大の弱点は、薄膜であるがゆえに光の吸収が少ないことであり、特に光吸収係数の小さい赤外領域で高い感度を得ることが難しい。

  われわれは、より高い赤外感度が期待できるナローギャップ新材料として微結晶シリコンゲルマニウム(SiGe)合金を開発し、アモルファスシリコンと組み合わせた2接合(タンデム)セルや、アモルファスシリコン/微結晶シリコン/微結晶SiGeで構成される3接合セルのボトムセルへの適用を検討している。

  結晶SiGeはSiとGeの混晶比を自在に制御できる全率固溶体であり、所望の赤外感度をGe組成を変えるだけで得ることができるという大きな利点がある。実際、微結晶シリコンに10―20原子%のGeを添加することで赤外感度を増加させることができ、膜厚2倍の微結晶Si太陽電池を超える赤外感度を得るところまできた(図4)。

  これまでに達成したシングルセルの変換効率は8.8%で、膜厚1μmでも高い短絡電流密度(>26mA/cm)が得られている。また、微結晶SiGeの膜厚を2μmまで厚くした太陽電池では、外部バイアス電圧を印加した状態で30mA/cmを超える光電流密度を確認している。薄膜で赤外感度に優れた微結晶SiGeを多接合太陽電池のボトムセルに用いることで、スペクトル感度の広帯域化による変換効率の改善が期待できる。

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透明電極の開発
 赤外領域に感度がある微結晶シリコンや微結晶シリコンゲルマニウムの特性を最大限引き出すためには、太陽電池の光入射側に設置する透明電極材料の赤外透過率を改善することが重要である。

  ITO(Indium Tin Oxide)は太陽電池のみならずディスプレイ分野で広く用いられている透明電極材料であるが、可視領域における透過率は優れているものの、赤外領域では光の吸収ロス(フリーキャリア吸収)が大きい問題があった。

  われわれは、Snをドーパントとして用いたITOに代わる新材料として「水素ドープIn」の開発を行い、不純物散乱の低減により100cm /Vsを超える超高移動度を達成し、波長1800nmまでの光吸収ロスを限りなく低減できることを実証した。

  一方、酸化亜鉛系材料においては、GaドープZnOを真空中で500℃以上の加熱処理を行うことにより赤外透過率を大幅に改善できることを見出した。

  570℃、5分間の加熱処理により、電子密度を下げて移動度を増加させることが可能で、シート抵抗を増加させることなく赤外領域の吸収損失を大幅に低減することに成功した(図5)。

  この透明電極を微結晶シリコン太陽電池の表面電極に適用した結果、熱処理を行わない基板を用いた場合に比べて、短絡電流密度が約1mA/cm向上し、微結晶シリコン単接合太陽電池で変換効率9.5%が得られている。

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光閉じ込め技術の開発
 薄膜シリコン太陽電池の高効率化に向けた重要な課題の1つは、もともと光吸収係数が小さいシリコン系材料を薄膜化したことで生じる光吸収量の減少をいかに補うかである。したがって、薄膜シリコン太陽電池では、入射光を薄膜シリコン内部に閉じ込めて実効的な光路長を膜厚の何倍にも長くする光マネジメント技術が重要になる。通常、光閉じ込めにはランダムな表面凹凸を有する基板を使用するが、本研究では、光閉じ込め効果の基板表面形状依存性を系統的に調査するために、規則的な周期テクスチャー構造を基板表面に形成する技術を開発した。このテクスチャーはアルミニウム基板の陽極酸化法により形成し、酸化条件および酸化後のウェットエッチング条件を調整することによりテクスチャーの凹凸周期を制御できることを明らかにした(図6)。

  この基板を微結晶シリコン太陽電池に適用した結果、表面の凹凸周期が約0.9μmのとき電流値が最大になることを明らかにし、従来の基板を用いたものより短絡電流密度が約2mA/cm改善した。

【おわりに】
 薄膜シリコン太陽電池の性能は多接合技術などにより改善されつつあるが、現状は市販の多結晶シリコン太陽電池のレベルにようやく追いつく程度である。今後、薄膜シリコン太陽電池が市場で躍進するためには、さらなる性能向上が求められており、近々の目標としては、2接合で15%、3接合で18%を達成する必要がある。

  そのためには、本稿で述べたアモルファスシリコンの光劣化抑制や光閉じ込め、より光吸収ロスの少ない透明電極材料、新材料による赤外吸収感度の改善など、これまで培われてきた技術をより発展させていく必要がある。

  一方、コストの面では、多接合化にともない太陽電池の層数・膜厚が増えるため、製膜速度の要求がますます高くなるものと考えられる。シリコン新材料チームではこのような技術課題を解決するべく、革新的な技術の創出を目指して研究に取り組んでいく。

注)AM1.5、100mw/cm (1マイナスsun)は標準の測定条件。AM(Air Mass)1.5は地球上での太陽光入射が垂直入射に比べ大気を通過する距離が1.5倍であることを示す。100mw/cm (1マイナスsun)は光照射強度を表す。性能測定の詳細は
http://unit.aist.go.jp/rcpv/ci/about_pv/output/measure.htmlを参照。

<松井卓矢:(独)産業技術総合研究所 太陽光発電研究センター シリコン新材料チーム>