鉄―白金規則合金のナノ粒子を均一サイズで分散
次世代高密度磁気記録方式”熱アシスト”適合の媒体実用化に道


≪新技術≫
高保磁力(37kOe)の垂直磁化膜作成に成功

 独立行政法人物質・材料研究機構(NIMS)磁性材料センターは、鉄マイナス白金規則合金のナノ粒子を均一なサイズで分散させた高保磁力(37kOe)垂直磁化膜の作製に成功した。

  このナノ粒子分散垂直磁化膜を用いて、日立グローバルストレージテクノロジーズ(GST)サンホセ研究センターが熱アシスト磁気記録ヘッドによる記録試験を行い、現行のハードディスクドライブ(HDD)の垂直磁気記録方式の記録密度の最高値と同等の450Gbit/平方インチの熱アシスト磁気記録が達成できることを確認した。同垂直磁化膜の開発により、次世代の高密度磁気記録方式として提案されている熱アシスト方式に適合する媒体の実用化に道筋が示された。

  現在市販されているHDDの最高記録密度は約550Gbit/平方インチ程度。記録密度を高めるとHDDの小型化や低消費電力化に貢献することから、現行の垂直磁気記録方式に様々な改良が行われている。しかし、既存の垂直記録方式では、1Tbit/平方インチの記録密度が限界とされている。これを4Tbit/平方インチ以上に飛躍的に高めるためには新しい磁気記録方式への移行が必要で、そのための有望な記録方式の1つとして、熱アシスト磁気記録が検討されている。

  熱アシスト磁気記録のヘッドは、日立GSTで開発が進んでいたが、これまで数ナノメートルの粒子サイズで、サイズのバラツキが小さく、磁化されやすい結晶方向に粒子が配列したナノ粒子分散型の高保磁力垂直磁気記録媒体の開発が遅れていた。

  熱アシスト方式の媒体としては、数ナノメートルの磁石粒子を均一に分散し、磁化しやすい結晶方位を媒体の膜面に垂直に配列させる技術が必要とされる。磁石材料としてはナノメートルサイズでも磁化が熱的揺らぎで反転せず、記録情報を長時間保持できるように、結晶磁気異方性の高い材料を使う必要がある。そのような材料として鉄と白金の合金で、原子結晶格子中で規則的に配列したL1o構造の鉄白金(FePt)規則合金が最適と考えられてきた。

  だが、FePt系のL1o規則合金を使って熱アシスト媒体に適した粒子分散性の良いナノ粒子分散型垂直磁化膜を作製できなかったために、FePt規則合金系媒体での熱アシスト記録で現行システムと同等の記録密度を達成した例はなかった。

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成果の内容

 NIMS磁性材料センターでは、長年にわたりFePt系合金を用いて垂直磁気記録媒体に適したナノ粒子薄膜構造を実現する研究を実施し、08年にスパッタ方を用いて熱酸化シリコン(Si)基板上に平均粒径5.5ナノメートルのFePt粒子をサイズ分散2.3ナノメートルに制御したナノ粒子分散型垂直磁化膜の作製に成功していた。

  その後、ガラス基板上に同様の膜を成長させることにも成功し、FePt 合金薄膜の磁気記録媒体への応用の可能性への期待が高まっていた。

  しかし、これまでの研究ではL1o構造への規則化が十分でなかったために保磁力は8−15kOe程度で、熱アシスト磁気記録のためにはさらに高保磁力化が望まれていた。

  今回の研究では、Si基板上に酸化マグネシウム層を成膜し、その上に銀(Ag)を添加したFePt合金を炭素(C)と同時にスパッタ成膜したFePtAg−C膜で、平均粒径6.1nm、サイズ分散1.8nm、保磁力37kOeのナノ粒子分散垂直磁化膜の創製に成功した(図1左)。

  L1o構造を持つFePtを用いた垂直磁化膜としては、これまで報告されていたどの粒子分散膜よりも粒子分散性と結晶配向性に優れた膜となった。

  この媒体を用いて、日立GSTサンホセ研究センターが熱アシスト磁気記録ヘッドによる記録試験を行ったところ、現行のHDDの最高の記録密度にほぼ匹敵する450Gbit/平方インチの記録密度が熱アシスト方式で達成可能であることが示された(図1右)。

安価なガラス基板上でも

 このようなFePtAg−Cのナノ粒子分散膜は、成膜中に自然に結晶方位が配向するMgOの中間層の上にスパッタ法で容易に成膜できるので、Si基板以外の安価なガラス基板上でも作製可能なことから、実用性が極めて高く、次世代の超高密度磁気記録方式として提案されている熱アシスト方式に適合する媒体実用化に向けて大きく前進した。

  また、量産のためには今回行われた同時スパッタ方式によるものではなく、合金ターゲットを用いた製造が必要となるが、既に合金ターゲットを用いても同等のFePtAg−Cナノ粒子分散垂直磁化膜が作製できることを確認した。現行の製造設備を用いて工業的に実用化できる可能性が高いとしている。

  現行方式に置き換わる磁気記録方式としては微細加工によるビットパターン媒体方式など、いくつかの技術が並行して検討されているが、今回の研究成果によって、FePt系規則合金を用いて現行磁気記録方式を超える記録密度を達成可能な熱アシスト磁気記録媒体が実験室レベルでは製造可能であることが実証された。

  今後、1Tbit/平方インチを超える磁気記録密度を達成するために、さらなる媒体構造の改善(FePt粒子の微細化とサイズ分散の減少)を継続すると同時に、熱アシスト記録に必要な熱流を考慮した下地構造も検討する。

  熱アシスト方式により、1Tbit/平方インチの超高密度磁気記録が達成されれば、HDDのさらなる小型化、省エネルギー化が進展し、グリーンイノベーションへ大きく貢献することになる。

〈資料提供:(独)物質・材料研究機構〉