マクセル

リチウムイオン電池の見える化技術で
       リチウムイオン電池の安全性を向上へ

1.背景

 リチウムイオン電池の安全性向上をめざすにあたり、リチウム析出抑制は重要な課題の一つである。リチウムは主に負極上に析出し、成長すれば正負極の短絡や発火を引き起こすリスクがある。このため、リチウムイオン電池内部のリチウム析出/溶解挙動やその要因となる電極反応分布については、モデル電極やモデル電解液を使用した研究が急速に進みつつある。一方で、実際の製品に適用される電池系での挙動については、いまだ未解明な点も多い。
 マクセルの「見える化技術」は、リチウムイオン電池を充放電しながら、同時にリチウム析出を含む電池内部の挙動を目で見て′v測することを目的に開発したものである。

2.何が見える≠フか

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[図1]リチウムイオン電池内部の構造
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[図2]断面観察セルの模式図

 電池内反応を議論する場合、重要なのは電池断面の計測である。なぜなら、充放電時の電荷移動が正負極間の厚み方向に起こるためである(図1)。この電荷移動時の各種抵抗が、充放電特性の低下、さらにはリチウム析出の原因となる。本技術では、ラミネート型リチウムイオン電池の切断面を透明板材(ガラス等)で封止し(図2)、共焦点顕微鏡を使用して「電池断面」を観察することで、製品と同じ電極・電解液あるいは固体電解質を用い、製品同等の大電流下で測定することができる。この測定は、従来の多くの方法では不可能であった。この方法により、研究的側面が強かった電極反応分布測定を、具体的な電池設計へと直結させることが可能となった。

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[図3]リチウム量に応じた黒鉛の色変化
 一口に抵抗と言っても多種多様であるが、本技術で見るのは主に電極内のリチウムイオンの移動のしやすさ≠ナあり、見るための手段は「色」と「体積」である。例えば、代表的な負極材料である黒鉛は、リチウム吸蔵量に応じて色が変わる(図3)。このため、充放電時の色変化を観察すれば、電極内のリチウム移動が、どんな速度でどの順番に起こり、どこで流れが阻害される=抵抗が大きいのか、といったことが視覚的に理解できる。
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[図4]大電流充電時の断面観察像

 大電流で充電を行った場合(図4)、負極表面付近に多数のリチウムが存在(黄〜赤)する一方、深部のリチウムは非常に少ない(青)状態となる。このことは、大電流充電時はリチウムの負極深部への移動が追い付かず、負極表面近傍で停滞していることを示す。このまま充電を継続すれば、いずれ表面近傍の黒鉛がリチウムを吸蔵しきれずリチウム析出に至る。このような測定結果から、リチウム析出せず安全に使用するための充電量と電流値の上限を見極めることができる。また、シリコン負極の場合ならば色変化はないが、大幅な体積変化が起こるため、体積測定により同様の計測が可能である。シリコンと黒鉛の混合負極であれば、色と体積の両面から観察し抵抗要因を追究することで、両者の最適な配置や配合割合を見出せる。各種正極材料も体積計測が可能であり、正負極の変化を同時に測定することも可能である。

3.「リアルタイム×大電流」の重要性

 特にリチウム析出に関しては、本技術により大電流リアルタイム測定が可能となったことで、一度の充電過程で複数回のリチウム析出/溶解が起こる場合や(図5)、充電末でなく充電の途中においてリチウム析出量の極大がある場合があること(図6)、また、大電流下析出と微小電流下析出とではリチウムの再溶解挙動が異なること等が明らかとなった。これにより、例えば、充電後に測定する多くの手段ではリチウム析出が見られず、一見して安全と思われる場合も、実際は充電途中でリチウム析出していることがあり、そのリスクを見逃さず、事前に対策を打てる。
 また、微小電流測定では十分にリチウム移動可能でも、あるしきい値以上の大電流で突如として動き難くなり電極深部が反応しなくなる(電池特性が急低下する)現象も見られる。つまり、大電流に特有の課題が存在するなか、リアルタイムと大電流の両者が揃うことで初めて、これまで見えなかった改善点を見出すことが可能となったと言える。

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[図5]充電時のリチウム析出(1)
85%充電時の析出リチウムは充電途中で再溶解し、
充電末に新たなリチウムが析出
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[図6]充電時のリチウム析出(2)
75%充電時にリチウム析出量最大。
充電途中で再溶解し満充電時の析出量は少ない

4.電池設計に向けて

 実際に大電流での使用が想定される、電気自動車やその他動力向け等のリチウムイオン電池では、リチウム析出やリチウム移動に関する問題は避けて通れない課題の一つである。さらに、今後開発が進むであろう全固体電池においては、リチウム移動の問題解決は特性向上への要とも言える。リチウム移動をスムーズにする電池設計は、充放電特性の向上とリチウム析出抑制を同時に叶えることができる。本技術は目で見て♀エ覚的に問題を把握できる一方で、設計指標として利用するためには「数値」として状態を定量的に評価する必要がある。

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[図7] 観察結果の数値解析例
 マクセルではさまざまな電池系での計測データを蓄積することで、数値化におけるノウハウを積み上げてきた(図7)。本技術を、交流インピーダンス測定や充放電曲線解析等の複数の計測結果および、シミュレーション解析と組み合わせることで、より正確な原因究明と、改善における重点項目を精度よく示すことが可能となった。今後も引き続き、より安全に、安心を提供し得る電池開発に向けて『見える化技術』を展開していく。

<澤木裕子:マクセル(株)技術統括本部 開発本部 技術開発部 解析課主任技師>