中之島チャレンジにおけるマルチ・ナビゲーション・コンセプトによる自律移動技術の取り組み

 「中之島チャレンジ」は、人々が往来する街中において移動ロボットが問題なく自律走行できる技術開発の公開実験場である。

 19年のチャレンジは大阪万博での応用に向けて、走行経路上の指定地点における人認識および、その人が持つごみの分類が課題となった。

 「自動走行」となると、クルマの自動操縦の実用化が目前に迫る今、その違いが多く問われる。これについて簡単に答えるとすれば、私はセンシング環境の多様さの質の違いと、スケール感と考えている。

 移動ロボットの自律走行技術では、センシングデータと地図データを比較して自己位置を特定し、指定された経路に従ってかじを切る。これはクルマも街中の移動ロボットもおおよそ同じである。

 もちろん自己位置特定にGPSを利用することも有効である。センシング環境の多様さの「質的な違い」の一つには人の存在がある。

 人は社会インフラでもあるクルマを便利な乗物と受け入れつつも危険な存在と認識しているので、あえて走行中のクルマに近づくことはほぼない。

 これに対し移動ロボットは、人に近いところで役に立たなければならないため、人の存在を前提としたセンシングが必須である。

 理想的には、人と、地図に表現された環境を見分けられればいいが、実際には人を見分ける方法に理想的な決定打がない。

 実は人だけではなく、地図に表現されていない一時的な物体、例えば、店舗看板や、テラスの椅子、テーブルなどは地図とは違う形状となってセンシングされ、ロボットには正しい比較ができなくなる。

 近年は小型の3次元スキャナが普及し、高さ方向を含めたロボット全周のセンシングが可能になってきた。これにより、人越しにある物体をランドマークとして検出できるようになった。しかし多くは、3次元データをロボットが持つ地図と照合するために、あえて2次元センシングデータへ変換している。

 その理由は、データ照合のための処理削減である。さらに、移動ロボットはある程度の領域を地図として持たなければならないが、ロボットの経路、例えばロボットの大きさに合わせて数十センチメートルの道も経路として表現するのであれば、それだけデータの詳細さが求められる。

 その結果、地図データ自体も膨大になりやすく、その保持にも限界がある。このことがもう一つの違い、スケール感である。スケール感は物理的にも言うことができ、小型であるため、搭載できるPCの性能やバッテリの容量も制限される。

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 私は、様々な状況に対応できるロボットアルゴリズムとして「マルチ・ナビゲータ・コンセプト」を提案している(図1)。ナビゲータとは、ロボットの行動をナビゲートする、独立して動作するプログラムで、知能システムの分野では「エージェント」といった方が分かりやすいかもしれない。

 ナビゲータは基本的にシンプルなアルゴリズムを実装したものにすぎず、ある局面でしか有効ではないものの、ナビゲータ同士の相互作用で、柔軟性、ロバスト性、自己組織性を実現できる。

 例えば中之島チャレンジでは、レーザースキャナによる自己位置推定、磁気情報による自己位置推定、オドメトリ(車輪の回転とジャイロによる位置推定)、レーザースキャナによる衝突回避、停止のナビゲータが必要である。それぞれのナビゲータはその都度の状況に合わせて、優先付きの動作指令を非同期に出力する。

 分かりやすい例として、中之島チャレンジでの信号待ちではロボットが列をなすような縦列走行を求められたが、このとき有効なのが停止ナビゲータである。

 ロボットは、経路上を走行指令するナビゲータ群を機能させたまま、停止ナビゲータが前方の距離に応じて優先的に停止を指令する。指令値的には停止と加速が繰り返されているが、見かけ上はロボットが追従走行しているように見える。

 単純な例ではあるが、ロボット自身がプログラムしていない動作を生成(自己組織)したことを意味する(図1右)。

 「中之島エクストラチャレンジ」(扇町公園)を振り返ってみると、起伏のある公園ならではの難しいポイントがいくつかあった。

 公園の中央には広場があり、そこを東西に100メートル弱の一本道が通っている。その道には目印となる物体が一切なく、広場を周遊する道が高いところにあり、その土盛りや壁がランドマークとなる。このランドマークも一本道中央からは全く見えない。

 さらに北側にはなだらかな土盛りがあるが、なだらかな斜面は検知のタイミングによってロボットからの距離が変わってしまう。上空が開けておりGPSは有効な場所だ。

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一本道を越えてゴールする様子。左右や土盛りのそばには、よさこいソーランの練習グループもいて、通行人も多い

 また、チャレンジ当日は、まるで示し合わせたかのように、よさこいソーランやダンスのチームが広場の端、すなわちランドマークになりそうな場所で練習を行っていた。一本道も人通りが多い(写真)。

 我々のチームのロボットはGPSを搭載していないが、結果から述べるとゴールできた。要因は、2Dながらも比較的高速で、長距離まで検知できるスキャナを用いたナビゲータとオドメトリ・ナビゲータとの連携にあった。

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 図2は本走行終了後に実験データとして一本道走行時のログをグラフ化したもの。横軸はサンプル時間、縦軸はレーザースキャナによる自己位置推定の確かさ評価値である。

 評価値が下がった場合、自己位置推定が破綻するリスクが高まる。マルチ・ナビゲータでは、評価値が下がった瞬間に優先度の高い、ほかのナビゲータに切り替わる。このグラフからは6回の切り替えが発生し、オドメトリ・ナビゲータが優先されたことが分かる。

 一般にオドメトリは走行距離につれて自己位置計測の確かさが低下するため、ほとんど利用されることはないが、瞬間的に破綻した自己位置推定での走行を助ける効果がある。これがマルチ・ナビゲータ・コンセプトによって実現される柔軟性とロバスト性だ。

 本稿では、マルチ・ナビゲータ・コンセプトを主題に記したが、これ以外にも磁気ナビゲーション法など、都市環境で有力な方法も実装している。この技術はWebでも紹介されているので検索していただければ幸いである。

〈筆者=宇都宮大学ロボティクス・工農技術研究所所長・尾崎功一氏〉